Cross Over
数日後。

仕事を定時に切り上げ、正面ロビーへ向かった。


出先から帰ってくる澪と待ち合わせをし、ご飯を食べに行く約束をしていた。




まだ来てないな…。




ロビーのソファーに座り、暇潰しに携帯を手にとった。



その時、エレベーターが開き、中からガヤガヤと騒ぎながら男性社員が降りてきた。



ちらっとエレベーターのほうを見る。



営業部の人たちか。



また、すぐ携帯画面に視線を落とす。

その時、



『朝比奈さん?』



声をかけられ顔をあげると、エレベーターから降りてきた営業部のうちの一人が、すぐ目の前に立っていた。



『誰かと、待ち合わせ?』



急に男性に声をかけられ、見上げるものの。うまく、声がでない。






『…はい、…』




『そうなんだ。あ、今度さ、一緒に飯行かない?連絡先教えてよ。俺、前から朝比奈さんに、』



どうしよう、…どう、しよう



一方的に話すような、軽い男性の声。

困ったように、そして少し焦ったようにうつむいて、
視線をそらしていれば、

男性の声が、不自然に止まった。




ふと顔をあげると、



背の高い見覚えのある顔が、営業部の男性の腕を掴んでいた。






『…困ってんの、わかんねえの?』






!…桐生、先輩…




ここ何日も、自分の頭をぐるぐると駆け巡っていた本人が突然目の前に現れ、目を見開いて固まった。




腕を掴まれた男性社員が、掴まれた腕を振りほどいて、少し文句を垂れるよう歩いていく。





桐生先輩が、少し。呆れたように、ため息をついた。

カバンを体と腕の間に挟んで持ち、ズボンのポケットに手を入れて気だるそうに立ったまま、男性社員が会社から出ていくのを見届けている。




………。

桐生先輩の姿に、胸が脈打つ。
少し見とれてしまったが、はっと我に返り、



『あっ、…ありがとう、ございましたっ』




立ち上がりペコッと頭を下げる。







『…いや。』






ゆっくりこちらを振り返り、表情一つ変えない冷静な声。

そのまま、目の前から立ち去ろうとした。



『…あのっ』




思わず、その背中に声をかける。






立ち去ろうとした桐生先輩の動きが止まった。






『怜』という名前と、部屋に置いてある忘れ物が頭に思い浮かぶ。



……。




そのことが頭にあるからか、妙に意識をしてしまい、うまく話せない。




引き留めたはいいが、何を話せばいいかわからない。





『あのっ…、…』




頭が混乱し、口ごもっていると



桐生先輩の、声が聞こえた。





『体、大丈夫?』





………え?






目を見開き顔をあげる。





『から、だ……?』





『…この間。辛そうだったから。』




あっ。




『もう、…大丈夫ですっ。ほんとに、ありがとうございましたっ』



もう一度慌てたようペコリとお辞儀をする。





『あたしっ、…桐生先輩に、助けてもらったの。2回目、ですね。』




なんか、お礼を…と。顔をあげたあと、恥ずかしくなった自分を隠すように照れたように、少し困ったように眉を下げて笑いつつ。



その時、沈黙の続く二人の間の空気に。

ふと、…彼がどこか諦めたように視線をそらして、
小さく息をついた。




『…じゃあ今度。飯、付き合ってもらおうかな。』




……?




丸くした目、桐生先輩の顔を見る。




その時。
視界に映ったのは、
優しい表情。真っ直ぐこちらを見つめる、その瞳。






口をあけて丸くした目を大きくすれば、はっと我に返り、





『はいっ、…いつでもっ』





顔から火が出そうなほど、熱くなる。
少し、慌てたように答えた。




返事を聞いて、ふと小さく笑うような桐生先輩が告げる。



『…明日の夜、空いてる?』



『大丈夫です』



『…じゃあ18時に。ここで。』




ふと、顔をあげると、桐生先輩が軽く口端に笑みを溢し
自分に背中を向ける最中。





『…じゃ。また。』




桐生先輩がそのままくるりと背を向け、会社の出口から出ていく。




…信じられないっ。


桐生先輩と、…あたし

これって、デート?…デート、…だよね。






先輩が出ていった会社の入り口をポカンと見つめていると、
澪が慌てた様子で入ってきた。




このあと。
澪に、今起きたことを流行る気持ちで報告する自分の
テンションが高いと。

笑われたことは無理もない。





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