Cross Over
葛藤


定時を過ぎても騒がしいオフィスのデスクで、パソコンの画面を見ながら考える。




あれからーー。

メールや電話のやりとりをしながら、


2回ほど仕事終わりに会っている。




最初のあの、レストランでの楽しそうな莉菜の様子、展望台でのやりとり。



思い出すと嬉しさと幸せで胸が苦しくなるが、歯止めが効かなくなってくる。



駄目だとわかってる。


だが、あの嬉しそうな顔を思い出すと、どんどん自分が止められなくなる。



この先どうするのか。



先のことを考えると、ため息ばかりついてしまう。



どこかで止まらなきゃいけない。


自分の本能に身を任せていては、もう後戻りできなくなってしまう。



だが。








腕時計を見る。


5時40分。



仕事を切り上げ、デスクを立つ。



今日は4回目の約束の日だ。






一人待たせるわけにいかない。


先日の営業部の男に言い寄られていた姿を思い出す。



まったく・・・。危なくて見てられねえ。



男をかわす術なんてまったく持ち合わせていない小さな体を思い浮かべ、


オフィスを出る。




エレベーターまでの通路で佐山があちらから歩いてくるのが見えた。




『おう。今から帰り?』





こちらに気が付き、声をかける。




『ああ。』





『あ、もしかしてデート?』




ニヤっと笑い、くるっと方向転換した佐山が、俺と同じ方向に歩きながら聞いてくる。






『うるせえ。』






はははっと笑い、とびっきりの笑顔を向けて、俺の肩に手を置く。




『今度俺ともデートしろよ?その時ゆっくり聞かせてもらうからな』




心から嬉しそうにこちらを見て、手を振りながらオフィスへ戻っていく。






はぁ。なんなんだよ。






ため息を軽くついてエレベーターに乗り込む。







・・・・まだ来てないな。





一階ロビーにつき、見渡すとまだその姿は見えなかった。



ちょっと早すぎたか。そう思いながらも、ほっと胸をなでおろし、ソファに向かい歩く。






『俊くん。』






後ろから声をかけられ、振り向く。




『・・沙織。』




少し目線を落としその姿を視界に入れる。





『今から帰るの?』



にこっと微笑んだ沙織を見て、いつも通りの表情で淡々と答える。




『ああ。沙織も帰るのか?』




首を横に振りながら沙織が答える。





『ちょっといろいろ忙しくて。残業続きだから。』


髪を耳にかけながら答えた。





『そうか。あんまり無理すんなよ。』





表情を変えずに言った途端、沙織がふいに照れたように微笑み、言葉を続ける。




『実は、資料室に調べたいものが置いてあるんだけど。企画部に聞きに行ったら、俊くんなら詳しくわかるから探してもらったらいいって言われて・・・っ』



視線を落としながら、沙織が言う。




ああ、そういうことか。


ふと、腕時計を見る。




5時50分。




こちらを見上げる愛しい笑みが、ふと頭に思い浮かぶ。





『悪いな。今日はちょっと一緒にいってやれない。また今度でもいいか?』





ふっと呆れたように微笑んで、沙織を見る。





『うんっ。大丈夫。じゃあまた。』





ふっと嬉しそうに笑って、くるりと背を向けて歩いていく沙織を見たあと、



自分も体の向きを変え、ソファに座る。





そういえば、沙織と、同じ部署だったな・・・



ふと思った時、近付いてくる気配に顔をあげる。





『すいませんっ。いつも先に待ってもらってて。』





慌てたようすのその姿に、

思わず顔が緩みそうになる。



この前最後に会った時から、ずっとこの顔が見たかった。また会えるこの日が、楽しみで仕方なかった。



駄目だとわかっているのに、この気持ちを抑えられない。




『俺が早く来てるだけだから。行こうか。』




ゆっくり立ち上がり、微笑んで言う。



『はいっ』




にこっと嬉しそうに微笑んでこちらを見上げるその表情に、愛しさが溢れてくる。



何事もないように冷静を装って、
会社を出た。






行ってみたい店があるというその意見に合わせて、案内される通りに車を走らせた。



新しく出来たばかりの、パスタの店らしい。


店に入り、美味しい!とパスタを頬張るその姿を見て、幸せな気持ちに浸る。





この時間がずっと続けばいいのに。





何も変わらなくていい。


このまま、こいつの近くにいれる日々が、

ずっと、


続けばいいのに。




そんなことを考えてると、目の前の小さな顔がふと不思議そうに俺を見る。



『先輩?食べないんですか?』



心配そうにこちらを見つめる。




『いや。大丈夫。食べるよ。』




ふと我に返り微笑んだあと、フォークを動かす。





ここしばらくの仕事の話しや、部署の上司の愚痴、仲のいい澪という友達の話し。


他愛もない話しで笑いあった。


こいつといる時、心がふっと休まる。


何故か心が静まるような安心感がある。



この微笑みを消したくない。






そう思いながら、楽しそうに笑う目の前の微笑みを見ていた。


< 18 / 117 >

この作品をシェア

pagetop