Cross Over
店を出たあと、海が見たいという彼女に合わせて、まだ少し肌寒い海辺へ向かった。
着いた途端、わあーっと笑顔になり、暗い海辺へ駆けていく。
『おい。走って転ぶなよ。』
後ろから声をかける。
ヒールを脱ぎ、波のギリギリまで行っては、何かを言いながらはしゃいでいる。
まだ季節的に早いが、夜の海も、なかなか落ち着く。
他の音は何もない。
打ち寄せる静かな波の音だけが、優しく聞こえる。
波打ち際から、タタタっと小走りに駆けてくる。
『先輩もあそこまで行きましょうよっ!』
楽しそうににこにこしながら、今自分が走ってきた波打ち際を指差し言う。
『行かねーよっ』
ふっと笑いながら返すと、
行こう行こうと、腕を引っ張る。
なんの企みもなく腕を掴んでくるその純粋な姿に、心がぐらつく。
あー。やべえ・・・
今すぐに、抱き締めたくなる衝動に駆られる。
なんとか理性を保ちながら、引っ張られるまま、波打ち際に来た。
ケラケラと笑いながら、
打ち寄せてくる波のギリギリまで俺を引っ張っている。
『うわっ。』
波に靴が濡れそうになり、慌てて後ろに下がる。
そんな俺を見て、手を叩いてはしゃいで笑う小さな顔を見て、顔が綻んだ。
その時、思わず手が動いてしまった。
楽しそうに隣りで笑っていた彼女の、細い手首をくいっと引っ張り腕の中に抱き寄せた。
小さくて華奢なその体を、ぎゅっと腕の中で抱き締める。
ずっとこうしたかった。
理性が効かなかった。
もうどうにでもなれと思った。
さっきまでケタケタと笑っていたのが、急に静かになり、俺の腕の中に大人しく収まっている。
耳まで真っ赤になって固まっているのが、想像できる。
そっと体を離すと、恥ずかしそうにうつむいたまま顔をあげない。
暗くて表情までよく見えないが、照れて見上げられないんだろうとわかる。
その顎にそっと触れて、上を向かせ、優しく、そっとキスをしたーーー。
ほんの少し、唇を重ねたあと、ゆっくり顔を離し、表情を見つめると、
俺の顔を見て、照れたようにふっと笑って、うつむいた。
愛しくてたまらなかった。
その姿を見て、もう一度、腕の中で強く抱き締めた。