Cross Over
事実
病院のベッドに横たわる彼女を見ていた。
痛々しい包帯の数、折れそうな細い腕に射された点滴。
彼女は目を閉じたまま、何も言わずただそこに眠っている。
ベッドの隣りのパイプ椅子に、静かに座った。
彼女の両親に頭を下げて謝った。謝っても謝りきれない。
莉菜がこんな目にあったのは、自分のせいだ。
もう莉菜には会わない方がいい。
この時俺は、そう決断した。
俺といても幸せにはなれない。
ただ。
ただ莉菜が目を覚ますまでは、傍にいたかった。
俺はずるい人間だ。
もう会わない、会わないほうがいいと決めたのに、
目を覚まさないのをいいことに少しでも莉菜といようとした。
彼女の目が覚めたら、その時は。
意識がはっきりする前に、彼女の前から去ろうと決めた。
まさか両親の了解を得られるとは思わなかったが、
莉菜の両親は俺を信用してくれたようだった。
俺が病室にいることで、莉菜の母親も安心してくれているのか、毎日数時間、病室に訪れるだけで、あとは俺に任せてくれているようだった。
莉菜の両親は俺を見るなり、『あー、あなたが新崎くんなのね』と、何かを納得したようで、
話しを聞いている限り、俺を前々から付き合っている恋人だと思っているようだった。
何故俺の名前を?そして、何故初対面の自分をそこまで信用してくれたのか?
それはわからなかったが、
とりあえず、莉菜が目を覚ますまで隣りにいれるのなら。
ずっと前から付き合っているわけではなかったし、騙しているようで心苦しかったが、ここはそのまま何も言わないでいようと思った。
莉菜がここに運ばれて1日、先ほど母親が帰っていき、莉菜と二人きりになった。
そっと莉菜の手を握る。
『莉菜』
小さく名前を呼んでみたが、反応はない。
今にも目を開けそうな顔で眠る、莉菜の髪をそっと撫でる。
俺から告白して、莉菜との付き合いが始まった。
こんな歳になって、こんなに人を好きになるなんて思わなかった。
あの、告白した時の莉菜の驚いた顔が、今でも頭に思い浮かぶ。
そりゃ、驚くよな。
そんなに話したこともない相手から、
急に告白されたら。
付き合ってほしいと伝えた俺に、
莉菜は、恥ずかしそうにうつむきながら、うなずいてくれた。
嬉しかった。
やっとの思いで、莉菜と二人きりになり、
やっとの思いで、長い間、一人募らせていた想いを伝えた。
今まで、どんな女に声をかける時も、緊張したことなんて、一度もなかったのに。
ちゃんとした恋愛ができない俺の、不器用なりの精一杯の伝え方だった。
その時のことを思い出すと、胸が締め付けられるように苦しくなる。
莉菜がいてくれれば、
莉菜と一緒にいられればもう、何もいらなかった。
それなのにーーー。
早く無事に目を開いてほしい。
また、幸せに笑って、過ごしていってほしい。
莉菜の手を握りながら、そう考えていた。