Cross Over
ーーーー。
・・まったく。
残業もいい加減にしろよ・・。
腕時計の針は9時をさしていた。
定時で終わることのほうが稀な部署ではあるが、
こうも残業続きの中、この時間になるとさすがに疲れがたまる。
軽くため息をつきながら、エレベーターに向かう。
・・・・やべっ。
エレベーターに人が入り、閉まっていくのが視界に入り、
舌打ちをしながら駆け足で向かう。
ーーガンッ!
閉まりかけたエレベーターに手を入れ、扉を開ける。疲れからイライラしていたのもあり、大きな音をたてて、エレベーターの扉を開けさせた。
一息つき中に入り込もうとしたその時、
そのイラつきが一気に吹っ飛んだ。
エレベーターの中にいたのは、
莉菜だった。
急に入ってきた、俺に驚き目を丸くしている。
・・・
驚き、また、一瞬にして鼓動が高鳴った。
だが、それと同じに、
何事もないような冷静を装いながら、エレベーターに乗り込み、莉菜の隣に立った。
『おっ・・お疲れ様ですっ・・』
莉菜が言葉を発する。
『あぁ。お疲れ。』
表情を変えず、言葉を返す。
『今、帰りなのか?』
一階を押しながら、真っ直ぐ前を見て言う。
『あっ・・はい。最近、ちょっといろいろ忙しくてっ・・』
困ったように笑いながら莉菜が言う。
・・やべえ。可愛い・・。
マジかよ。こんな偶然、あっていいのか。今日めちゃくちゃラッキーじゃん俺。
冷静を装った表情の下で、年甲斐もなく一人あがるテンションを抑える。
先程までこの時間になったことにイラつきをおさえられなかったが、
神様か何か、いつもは信じないが、この時ばかりは感謝した。
こんな偶然、あるだろうか・・
これはもう今しかない。
もう今、きっかけを作るしかない。
誘おう。このあと飯でも行こうと誘おう。
そう決めた、その時だった。
ーーーーガタンッ!!
大きな音と共にエレベーターが急停止した。
『・・きゃっ!』
小さな悲鳴をあげて、莉菜がバランスを崩し倒れそうになる。
咄嗟に壁に手をつき自分の体勢を保ちながら、莉菜の体を手で受け止める。
『大丈夫か。』
腕にしがみついたまま莉菜がよろめきながら見上げる。
『すっ・・すいません。大丈夫ですっ』
莉菜を抱き止めた腕をゆっくり離し、
上を見上げる。
まさか。
止まったのか?
エレベーター内の電気は消えている。
非常用の薄暗い明かりが灯っているだけだ。
しんと静まり返り、完全に動作は停止しているようだった。
状況を把握し、ため息をつく。
『・・止まったか。』
上を見上げながら、つぶやく。
すると、隣りから消え入りそうな不安げな声が返ってきた。
『・・動かないんですか?・・出られないんですか?・・』
あまりに不安そうな、そして今にも泣き出しそうな声に、咄嗟に莉菜のほうを振り向く。
『大丈夫だ。すぐに誰か来る。』
莉菜のほうに体を向け、なるべく落ち着いた声で話す。
エレベーターの非常用ボタンを押してみたが反応はない。
ケータイを開いてみるが圏外になっている。
・・・。しばらくこのまま待つしかねえな。
上を見上げながら、軽くため息をついた。
その時。
腕にふと、何か触れた気がした。
隣りを見ると、
莉菜が俺の腕に寄り添うようにくっついていた。
おい・・・一体どうし・・
声をかけようとした時、莉菜の体が震えているのを感じて、言葉を止めた。
『・・暗いよっ。怖いっ。・・どうしようっ・・どうしようっ』
泣き声混じりの莉菜の声が小さく聞こえる。
腕にしがみつくようにし、うつむいているため顔は見れないが、恐らく泣いている。
莉菜のほうにゆっくり体を向ける。
『しっかりしろ。大丈夫だ、俺もいる。必ず誰かが気付くはずだ。心配いらない。』
莉菜を落ち着かせるように、ゆっくり落ち着いて話す。
その時。
莉菜のほうに向けた、俺の体の丁度胸の辺りに、トンと莉菜がもたれかかった。
・・・・・
驚き、急なことに動きが止まった。
なっ・・・・
目線を下に落とす。
胸の辺りに莉菜が抱きつくようにくっついている。
胸の鼓動が急速に高鳴った。
驚きながら、莉菜の肩にそっと手を置く。すると、
小さく震えながらすすり泣くような声が耳に入る。
手から、莉菜の怯えているような震えが伝わってきた。
・・・・こいつ・・
莉菜のほうを見つめる。
極度に怯えている。
暗さからなのか、この状況に対してなのか。
とにかく、極度の怖がりだということ、そして、かなりの心配性だというのがわかる。
莉菜が他の女のように、わざと抱きついてくるような慣れたことができる子じゃないというのはわかっていたが、
莉菜の様子から、まわりが見えなくなるほど今の状況に怯えていることがわかった。
ゆっくり莉菜の背中に手をまわし、抱き締めるような形になる。
莉菜をなんとか落ち着かせようと、ただそれだけにしか頭が回らなかった。
パニックを起こしてしまうと困る。
とにかく莉菜をなだめ、少しでも落ち着かせようと必死だった。
『大丈夫。しばらくすれば必ず出られる。』
なるべく落ち着いた声で、ゆっくり話しかけながら、
そのままの体勢で莉菜が落ち着いてくるのを待った。