Cross Over
『何か変わったことはあった?』
髪を耳にかけながら沙織が問う。
少し間を置き、
決意し言葉を発した。
『あいつにはずっと想ってる人がいる。しかもその子のことを・・』
『黒川先輩でしょ? 』
沙織の言葉に、耳を疑う。
目を見開いて沙織を見つめる。
俺の様子を見て、沙織がクスクスと笑う。
『知ってるよ。見てればわかるもの。』
微笑みながらこちらを横目でみて、髪をなびかせる。
『俊くんが黒川先輩を好きなことも。黒川先輩が俊くんを好きなことも。』
目を丸くし沙織を見ていたが、
はあ、とため息をつき、視線をそらす。
『すげえリサーチ力だな。』
新しい煙草に火をつける。
『あの二人を見てたらわかるもの。』
沙織の声を聞きながら、
ゆっくり煙を吐き出し、風に目を細める。
『今も記憶がないんでしょ?黒川先輩。』
沙織の言葉に、息が止まりそうになった。
『あら。そこまで知らなかった?』
クスっと笑い、風になびく髪を耳にかける。
ため息をつき、まっすぐ前を見る。
『なんで知ってんの。』
煙草の煙を吐き出しながらつぶやく。
『俊くんが好きだって伝えたから。』
沙織の言葉に、顔をあげる。
『・・いつ?』
思わず、顔をしかめて沙織を見る。
そんな怖い顔しないでよ、と笑いながら沙織が言う。
『記憶がなくなる前、黒川先輩に伝えたの。俊くんが好きだって。
だから、諦めてくれない?って。』
こちらを見て沙織が含んだ笑みを見せる。
『莉菜ちゃんは・・なんて・・?』
俺から視線をそらし、沙織が答える。
『そりゃあ困った顔してたよ。うざいくらい人がいいからね。あの人。』
ふふふ、と沙織が笑った。
『それで諦めてくれたらよかったんだけど。なかなかそうしてくれないからさ。
気まずいままなのに、高本先輩にお見舞いに誘われた時はどうしようかと思ったけど、
何もなかったみたいに、笑いかけてくるんだもん。
記憶がなくなってるんだって、その時わかったの。』
ふっと沙織がこちらを見る。
深いため息をついて、
手すりの下の景色を見る。
『それで記憶がなくなって、二人がバラバラになってる今が、チャンスだってわけね。』
ゆっくり煙草を吐き出す俺に、沙織が嬉しそうに言う。
『ふふふ。そういうこと。』
微笑んでいる沙織に体を向ける。
『でも、そんなチャンスとは思えないけどな。』
微笑んでいた沙織の表情が次第に曇る。
『どういうこと?』
沙織がこちらを見る。
『もうやめたほうがいい。あの二人は引き裂けない。』
目を細めて沙織を見る。
『片方は相手を思う故、何回も離れようとするが、離れることができない。片方は記憶までなくしているのに、また同じように相手に惹かれてる。
あの二人はどんな壁があってもお互いに引き寄せられてる。そして、常に、自分より相手のことを考えてる。
どんなにまわりがどうこうしたって、どうにかなる二人じゃない。』
手すりを掴みながら、沙織はまっすぐ前を見つめていた。
しばらく沈黙が続いたが、沙織の声が静けさを破った。
『・・・ここでやめたら。あたしはどうなるの?』
いつもと違う、自信を感じられない小さな震えた声に、ふと沙織のほうを見る。
『ここでやめたら・・。ずっと俊くんだけを見てきたあたしはどうしたらいいの?・・』
『・・沙織ちゃ・・・』
『あたしだってっ・・・あたしだってずっと好きだったのにっ・・。
あたしのほうがずっと、ずっと前から好きなのにっ・・・』
こちらを見た、沙織の目には涙が浮かんでいた。
くるっと背を向け、足早に屋上から出ていき、大きな音をたてて扉を閉められた。
深いため息をついて、手すりに寄りかかる。
『・・・そりゃこっちの台詞だ。
誰のせいで、本気で恋愛できねーと思ってんだよ。』
煙草をくわえながらうつむき、額をつけてうなだれた。
『・・・好きなやつが、
自分じゃないやつをずっと追いかけてるのを傍で見てる、俺の身にもなれよ』
いい加減しんどい・・・。
誰もいない屋上で小さく呟いた。