Cross Over



企画部の方向へ足を向ける。



昼間の12時すぎ。



足取りは何かを決意したように、しっかりとしていた。





たくさんの人が出入りする中、丁度入り口近くにいた、明るい髪の目立つその人物はすぐ見つけることができた。






『佐山先輩っ。佐山先輩ーっ。』





小声で
企画部の扉から少し顔を出し、声をかける。





コーヒーメーカーの前で、鼻唄を歌いながらコーヒーを淹れていた佐山先輩が、まわりをキョロキョロ見回したあと、こちらを振り返った。





『あー♪莉菜ちゃんっ!お疲れさ・・』


『しーーーーーーっ!!!』





佐山先輩に向い人指し指を口の前で立てると、佐山先輩は、はっ、と口に手を当て、くるっと振り返った。






佐山先輩が振り返った先には、
神妙な面持ちで頭を抱えながら、パソコン画面に集中している新崎先輩が、自分のデスクに座っていた。






新崎先輩の様子を伺ったあと、佐山先輩は口に手をあてたまま、

足音を立てないようなおかしな走り方で、そそくさとこちらに走ってきた。







『どうしたの?!なんかあった?!』





小声で佐山先輩が話す。





『ちょっと聞きたいことがあるんです。いいですか?』




私の問いかけにうなずきながら、佐山先輩は手でOKというサインを作った。









以前と同じ、会社の近くのカフェの椅子に座る。





『いやぁ~ここのコーヒーはいつ来ても美味しいね~♪可愛い子が前にいると、なお美味しい♪』





満足げにコーヒーを飲んでいる佐山先輩の言葉を無視し、思いきって質問を投げ掛ける。






『佐山先輩っ、新崎先輩の家族について何か知ってることって、ありますか?』






『ん?』






コーヒーを片手に、不思議そうに佐山先輩がこちらを見る。






『家族のこと?』






『はい。例えば兄弟とか。』







うーん、としばらく考えていた佐山先輩が、コーヒーカップを置いて答えた。






『あんまり詳しくはわからないけど。あいつ自分のことってあんまり話さないし。でも、あいつの家族関係って、結構複雑だったはずだよ。』






複雑・・・?





『確か・・』





顎に手をあてて、佐山先輩がふと真剣な表情になる。







『親父さんは遠くにいて、しばらく会ってないって。前に言ってたことがある。お袋さんは小さいときに亡くなってるって。でもあいつには一人、兄弟がいたはずだ。』






兄弟ーーーー。






先輩の車の中での、あのはりつめた表情が頭をよぎる。







『確か、双子の弟だったと思うけど。すげえそっくりで、よく昔間違えられたって。』







双子の・・・・弟・・・・







初めて耳にする先輩の情報に、呆然と考えこむ。






『莉菜ちゃん?なんかあったの?』












きっとそれだ。



間違いない。






それが、何か先輩の中で大きなわだかまりになっている。





その予感を感じながらふと、顔をあげる。







『ありがとうございます佐山先輩。他に、何か聞いたことって・・』






うーん、と先ほどより真剣に考えこむ佐山先輩を見る。







『いや。』




佐山先輩が首を横にふる。





『俺が知ってるのはこれだけだ。
・・大丈夫?なんか考え込んでるみたいだけど。』






心配そうな顔をむける佐山先輩に、ふっと笑顔を向ける。






『大丈夫です。少しでも、新崎先輩に近付きたいんです。前みたいに、新崎先輩と笑い合いたい。そのために、少しでも新崎先輩のこと知りたいんです。』





目の前にある、コーヒーを一口飲む。





そうか、と佐山先輩は
少しため息をつきながら微笑んだ。






『莉菜ちゃんなんか変わったな。前会ったときより強くなった。人をそれだけまっすぐ想うことができる子は、やっぱり強いね。』





佐山先輩が急に上を見上げながら、何かを思い浮かべているように話す。










『佐山先輩は、好きな人にまっすぐ想いを伝えないんですか?』





ふと、佐山先輩がこちらを見る。





『え・・?』




その目を丸くした佐山先輩を見て、思わず吹き出してしまった。




クスクスと、笑いながら言う。



『今、佐山先輩すごい優しい目で何かを思い出してるみたいに見えたから。好きな人のこととか、考えてるのかなと思っちゃって。すいませんっ、勝手な妄想しちゃって。』




きょとんとしていた佐山先輩が、急に力が抜けたように微笑む。




『いや。莉菜ちゃんにはお見通しかー。』




ははは、と声をあげて佐山先輩が笑った。






『でも、俺はダメだ。莉菜ちゃんみたいに、相手が自分をどう思おうと好きでいたいけど、その子の目には他のやつしか映ってないんだ。』





ふと、遠い諦めたような目をした佐山先輩に言う。






『佐山先輩は優しいから。』





私の声に佐山先輩がこちらを見る。






『あたし思うんです。佐山先輩は優しくて、自分のことより人のことを考えて行動している人だから。
だから、新崎先輩にも。それに、あたしなんかのためにも。話しを聞いてくれたりしてくれて。


だから、自分の大切な人が、他の人を好きなら、その人の幸せを先に考えている。自分の気持ちを抑えても。』



佐山先輩はじっと、私の言葉を静かに聞いていた。




『でも、佐山先輩に想われてる人は幸せです。こんな優しい人に、大切に想われて。』





じっとこちらを見る佐山先輩に気付き、はっと口を抑える。





『・・・すいません。あたしっ。ペラペラとわかってるかのように・・・』





うつむくと、
佐山先輩が、はあ、と息をついたのが聞こえた。





『敵わないな。もうお手上げだ。』





観念したように手をひらひらさせて、佐山先輩は微笑んでいた。





そして、ふっと真剣な、でも優しく微笑みながら、佐山先輩が話し出した。





『莉菜ちゃん。・・俺が見てる限り、新崎は相当引きずってる。莉菜ちゃんを突き放したあの日から。

突き放したけど、あいつには莉菜ちゃんが必要なんだ。それをあいつ自身も気付いてる。だから参ってる。』






佐山先輩の言葉に、動きを止める。





新崎先輩が・・・あたしを・・・?





佐山先輩がうなずく。





『知ってる?さっき、あいつ真剣にパソコンの画面見てたように見えたけど、あのパソコン、電源入ってないから』



ケラケラと声をあげて佐山先輩が笑う。




『え?それって・・』



話しの意味を理解しようと、考える。




『ここしばらく、ふとたまに見るとそういうとこあるんだよ』


ひとしきり笑い終わったあと、佐山先輩がこちらを見て言った。






『莉菜ちゃんのことで、頭いっぱいなんだ。あいつ。』




ふっと佐山先輩が優しく微笑んだ。








ーーーー。



新崎先輩が・・・っ



あたしのことを・・・?






怒られるなー新崎にバレたら!そう言いながら佐山先輩はケラケラと笑い、コーヒーを飲み干した。





『だから莉菜ちゃんも、あいつ不器用で大変かもしんないけど、まっすぐぶつかってやってよ。俺も、自分のこと、頑張ってみるって。莉菜ちゃんの話聞いて決めた。約束っ。』






ニッと佐山先輩がとびっきりの笑顔を向けた。




目を見開いて佐山先輩を見つめていたが、

ふと何かを吹っ切れたように、決意したような強い表情で佐山先輩を見て微笑んだ。





『はい。約束です。』





こくりとうなずくと、佐山先輩も一度だけ深く、うなずいた。





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