Cross Over






『おい新崎。聞いてる?』






佐山の声にふと顔をあげる。






『・・あぁ。すまん。なんだ?』







我にかえり、聞き返す。


はあ、とため息をついて佐山が首を横に振る。






莉菜と再会した時のことを思い出していた。





二人だけの屋上からふと下を見ると、

お昼時、雨あがりのどんよりした空の中、

ざわざわと社内の人々が出ていくのが見えた。






『・・莉菜ちゃんのこと、考えてたんだろ?』







煙草に火をつけながら佐山がつぶやいた。











『・・・』








下の人々の様子を見ながら何も答えずにいると、佐山が言葉を漏らす。






『もう莉菜ちゃんの前から消えようとしたのに、結局また、莉菜ちゃんと関わってしまったわけじゃん?』






佐山の言葉に、心が重くなる。








これでいいと思った。




元気に無事でいる姿を見れただけで、

これでよかったと思った。



それさえ確認できたら、もうこれでよかったと。





だが、その数日後。


営業部のやつに絡まれてる莉菜を見て、黙って通りすぎることができなかった。



足は勝手に莉菜のほうへ歩いていた。




そのまま、思わず愛しい姿を目の前にして、

軽々しく莉菜との次の約束を取り付けた自分を思い出すと、心が重くなる。






ーーー。
なんの意味もない。



あの日、病院から姿を消したあの自分が、なんの意味ももたなくなる。



わかっているのにーーー。








自分に向けられる
莉菜の恥ずかしそうに照れた表情。


楽しそうに笑う笑み。




莉菜が自分を覚えていなくても

もう一度、莉菜と恋愛しようとしてしまっている自分がいる。




嬉しかった。



最初の時に、誘ってびっくりしたかと聞いたときの

莉菜の恥ずかしそうにうつむいた顔。



ーーー『びっくりしましたけど・・・でも嬉しかったですっ』




自分を覚えていなくても、

今の俺を見て莉菜がそう言ってくれたのが嬉しかった。





ずっと会いたかったその姿を目の当たりにし、

歯止めが効かなくなった自分がいた。






・・・こんなに忘れられないなんてな





ふとため息を漏らした。









『いいじゃねえかっ。別に。』





佐山の言葉に、顔をあげる。






『ほんとに好きになったら、自分で制御できるもんじゃないんじゃねえ?やっぱり。』




こちらを見て佐山が言う。






視線を前にそらす。





『・・・あいつは俺を必要としてくれんのかな』






つぶやくと、

軽く息をつき佐山が答える。






『お前が何にひっかかってるかわかんねえけどさ、』





佐山が手すりを背に寄りかかる。






『莉菜ちゃん、お前といたいんだと思うよ。』




風に目を細める。





『それは、お前もなんじゃないの?』







俺は莉菜といたい。





莉菜が俺をどれほど必要と思ってくれるのか、

記憶がもし戻っても俺を受け入れてくれるのか、



それはわからないが、




俺は莉菜が好きだ。







『ずっと強いとこしか見せないのも確かに強いけどさ。弱いとこ見せるのも強さだと俺は思うよ。勇気、いるけどさ。』








佐山がふと笑みを浮かべながら、こちらを見た。










莉菜にどう思われるかわからない。



もう拒否されるかもしれない。



あんな突き返し方までして。





でも。





それでももう。




自分の気持ちに嘘をついて、




先のことを不安に思い、




逃げるのはやめた。





まっすぐに向き合おう。





自分にも。




莉菜にも。









佐山をしばらく見つめていたが、

ふっと笑った。





『ほんとに人を好きになるって、こんな辛いことだと思わなかった。』




『おっ。お前も大人になったなっ。』



ニっと笑いながら肩に乗せてきた佐山の手をゆっくり払う。



『やめろ。大人になったのに馬鹿がうつる。』




『ひでえーーっ!!今のいっちばん傷付いたーー!!!』





ケラケラ笑いながら、

ふと空を見上げた。





雨のあがった空の遠く、

小さな虹がかかっていた。












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