Cross Over
『そういえば莉菜さあ。』
週末の土曜。澪とお気に入りのお店でランチをしていた。
いつもの大好物のパスタを頬張り、澪が突然思い付いたように話す。
『ピアノ。また始めてるの?』
澪の言葉にはっとした。
そういえば。
仕事に復帰し慣れてきた途端、
新崎先輩のことで頭がいっぱいになり、
ピアノのことがすっかり後回しになっていた。
『そういえば、退院してからまだ一回も弾いてないの。』
ふと、ピアノのことを考えただけで
弾きたいという衝動が
体の内側から溢れてくる。
あたしには、ピアノしかない。
自分を表現してくれるもの。
何かを伝えてくれるもの。
癒してくれるもの。
私にとっては小さい頃から一緒にいろんなことを乗り越えてきた、家族に近いものだ。
『莉菜のピアノ。また聴きたいなー。』
グラスを傾けながら澪が言う。
『ほんと?』
澪の顔を見る。
『もちろん。だって、』
頬杖をつきながら澪が答える。
『莉菜のピアノってなんかさ。こう、莉菜の優しい雰囲気が溢れてるっていうか。莉菜らしいというか。聴いててこっちまで、優しい気持ちになるの。癒されるっていうか。』
『澪・・』
嬉しかった。
あたしのピアノをそんな風に・・・。
『澪ありがとう。あたしも、もうそろそろ、またピアノは始めたいと思ってたんだ。もう退院してだいぶ経つし。』
そう話した時ふと思い出し、うつむく。
『・・・・どしたの?』
澪が覗き込む。
『新崎先輩に・・』
諦めたような笑みがこぼれる。
『新崎先輩にも聴いてもらいたいなと、思ってさ・・っ。でも・・もうダメかもしんないけど。』
『ダメじゃないよっ!』
澪が声をはる。
『聴いてもらおうよ!新崎先輩に!』
澪の言葉に困惑する。
『でも・・・』
『前に、いつか聴かせてほしいって、言われたんでしょ!?』
澪が体ごとこちらに向け、説得するように言葉を強める。
『莉菜の気持ち、伝えようよ!あたしも手伝ってあげる!!』
佐山先輩の言葉が頭をよぎる。
ーーーまっすぐ、ぶつかってやってよ。
心強い目で自分を見つめてくれる澪を見る。
『・・・わかった。ありがとうっ。あたし頑張ってみるっ。』
澪を見て、決心したように微笑んで、うなずいた。