Cross Over
企画部のオフィスに向かう。
一人、扉の前にたち、小さく息をつく。
よし。行くぞ。
オフィスの扉をあけた。
扉のすぐ近くのコーヒーメーカーの前に、
見覚えのある人影が立っていた。
『あっ、佐山先輩っ。』
小さな声で佐山先輩を呼ぶ。
コーヒーカップを片手にこちらを振り返った。
『あれ?君はー・・・あっ!莉菜ちゃんのお友達っ!』
ニコニコしてこちらに近づいて来た。
『はい。高本っていいます。あの・・』
オフィスの奥を見ながら、佐山先輩に問いかける。
『新崎先輩はいらっしゃいますか?』
『新崎?』
佐山先輩が後ろを振り返る。
『いるいる。ちょっと待ってね。』
こちらを見て微笑んだ佐山先輩が、大きな声で新崎先輩を呼んだ。
『おーいっ新崎ー。お客さんだぞーーっ。』
その声に新崎先輩がこちらを見る。
新崎先輩に向かって、軽く会釈した。
不思議そうな顔でこちらを見たあと、
新崎先輩がデスクから立ち上がった。
『莉菜ちゃんのために一肌脱ぎに来たってわけかっ。
持つべきものは、友達だよね♪』
片目をつぶって親指を立てながら、
頑張って♪と、小さな声で佐山先輩が言った。
そのあと、コーヒーカップを片手にオフィスの奥へ歩いていった。
『なんか用か?』
佐山先輩が去ったあと、
新崎先輩が目の前に歩いてきて、こちらを見た。
『あっ。私、管理課の高本といいます。』
さっと頭を下げる。
『お仕事中にすいません。新崎先輩にお渡ししたいものがあって。少しでいいので、お時間頂けますか?』
真剣に新崎先輩の目を見る。
しばらく考えるようにこちらを見ていたが、
そのあと、ああ。わかった、と新崎先輩はオフィスを出た。
新崎先輩についていき、
その階の近くのロビーへ行く。
ロビーに入ったとき、振り返った新崎先輩に、
コンクールのチケットを差し出した。
『これを。』
新崎先輩が、不思議そうにチケットをゆっくり手に取る。
『莉菜のピアノのコンクールのチケットです。』
その言葉に、
新崎先輩が顔をあげる。
その表情を見て、意を決して話し出した。
『莉菜は、ずっと新崎先輩のことを考えています。ずっと先輩のことを想って悩んでます。』
握りしめた手にぎゅっと力をいれる。
『莉菜は、このことを知りません。あたしが勝手に持ってきました。先輩にピアノを聴いてもらいたいけど、もう嫌われてるかもしれないと、チケットを渡すことを躊躇っていたので。』
先輩は目をそらさず、私を見ながら言葉を静かに聞いている。
『莉菜は、新崎先輩を想ってピアノを弾いてますっ!どうか、莉菜のピアノを聴きに来てあげてください!よろしくお願いします!』
深く頭を下げた。
しばらく沈黙が続いた。
伝えきった。
これで、新崎先輩が来てくれるかは、
あとは新崎先輩の意思に任せるしかない。
『失礼します』
頭をあげて帰ろうと体を反対に向け、歩き出そうとした、その時。
『ありがとう。』
先輩の声がして、振り返った。
ポケットに手をいれ、片方の手でチケットを持ち、
先輩が微笑んだ。
その様子を見て、
安堵から、息をついた。
『いいえ』
安心したように、笑って先輩を見る。
『莉菜は、前みたいに会社のピアノでも弾いたりしてんのか?』
先輩の言葉にうなずく。
『はい。いつも、平日は仕事が終わると、会社のグランドピアノで少し弾いてから帰ると・・』
この会社の5階にある広いエントランスホールには、大きなグランドピアノがインテリアのため置いてある。
特に決まりはなく、誰でもそのピアノに触れてもいいため、
莉菜はコンクールが近付くとたまに、仕事が終わるとそのグランドピアノで指をならしている時がある。
・・・・あれ?
でも、先輩がどうしてそのことを・・
私の言葉に新崎先輩がふっと優しい目をした。
『・・そうか。わかった。』
莉菜が先輩と会っていた時に、話したのかもしれないな。
その時、
今の先輩の質問の意味をふと悟った。
・・・・もしかして先輩
莉菜に・・
先輩の問いかけから察し、
その途端ふと微笑んで、先輩に頭をさげた。
『お時間ありがとうございました。では、失礼します。』
『ああ。こっちこそ。』
先輩の返事を聞いたあと、
振り返り、自分のオフィスへと戻った。