Cross Over
チケットを渡しにきた莉菜の友人が、
自分のオフィスへ戻るため歩いていくのを見届けたあと。
手渡されたチケットに視線を落とす。
莉菜は先輩のことを想って弾いてますっーーー。
先ほどのあの子の言葉を思い出す。
昨日莉菜を待つつもりが、沙織に引き止められてしまった。
今日こそ莉菜を待つつもりで、
定時に仕事を終えようとパソコンの画面に向かっている時、
彼女がオフィスに入ってきた。
最初、管理課の高本という名前を聞いたとき、
莉菜と同じオフィスだということ。そして、俺への用事だということ。
直感的に、もしかしたらこの子が莉菜の話しによく出てきていた『澪』という子なんじゃないかと察した。
莉菜のピアノのコンクールのチケットだと差し出されたとき、その察しは間違いないと確信した。
莉菜の話しを聞いている限り、あの澪という子は莉菜の一番の親友のようだ。
きっと、俺のことも莉菜からいろいろ聞いているのだろう。
でも、
記憶が戻ってないとしたら、
莉菜に告白したことは知らないはずだ。
もちろん、俺が莉菜に想いを寄せていたことも。
莉菜がエントランスでたまにピアノを弾いていることは、
想いを寄せていた頃に知った。
たまたま通りかかったエントランスで、
ピアノの音を耳にした。
それから、たまにエントランスを覗き、
莉菜がピアノを弾いているのを目にしていた。
あの子は、今の莉菜の気持ちを俺に伝えに来てくれたんだ。
手に握られたチケットを見る。
莉菜は俺を想ってくれている
あんなにひどいことを言ったのに・・。
今すぐ、莉菜に逢いたくなった。
想いを伝えたい。
謝りたい。
そして、
ピアノを聴きに行かせてほしいと。
今日の仕事後、エントランスに行く。
そこで想いを伝えよう。
そう思いながら、ふと一人微笑み、
オフィスへ戻った。
ーーーー
新崎がオフィスに戻っていくのを、
長いサラサラとした黒髪を耳にかけながら見ていた影があった。
澪が新崎にチケットを渡すところ、そのあとの会話を、壁に背をあて、息を殺して聞いていた。
オフィスに入った新崎を険しい顔つきで見届け、髪をひるがえし、沙織は自分のオフィスへと戻った。