Cross Over
・・・・・。
沙織の様子が明らかにいつもと違う。
いつもの沙織ではない。
突然のことに頭がついていかない。
目を見開いたまま、沙織を見つめる。
『俊くんが、あんたじゃなきゃダメだって言うから。』
・・・・
俊くん・・・?
もしかして
新崎先輩のこと・・・?
『待って沙織ちゃんっ。何がなんだかあたし・・』
沙織がコツコツとヒールをならし、近付いてくる。
倉庫に乾いた音が響いた。
と同時に、頬に痛みが走る。
ーーーーっ!
沙織に叩かれた頬に手をあて、前を見る。
『・・うざいの。あんた。
消えてほしいんだけど。』
・・・・っ
涙が滲む。
こちらを見つめる沙織の目は、まっすぐ、真剣だった。
突然のことに頭がまわらないが、
あたしを気に入らないのだということは
今の状態からしてわかる。
でもどうして・・・一体何が・・
『・・・』
さっきの沙織の言葉から、
新崎先輩が絡んでいる。
・・・もしかして
沙織ちゃん、新崎先輩のこと・・・・
『あたしのほうが好きだったのに。』
沙織の言葉に、顔をあげる。
『・・あたしのほうが、ずっと前から俊くんのこと好きだったのに邪魔しないでよ!』
『・・邪魔する気なんてないっ』
目を涙で滲ませ、頬に手をあてながら言い返す。
『邪魔するつもりなんてない。だけどっ・・・』
沙織がこちらを見つめる。
『あたしも新崎先輩が好き。その気持ちはなんと言われようと変わらない。』
まっすぐ沙織を見て、答える。
沙織の表情が曇った。
ーーーー。
しばらく沈黙が続く。
その時。
若い男二人が倉庫の扉をあけ、入ってきた。
『・・その女。』
沙織が入ってきた男にそう声をかけた。
近寄ってきた二人の男に、
手を後ろに掴まれ、
倉庫の中央にあった台の上にうつ伏せに押し付けられる。
・・・・・っ
抵抗しようとしても、男の力には敵わない。
『やだっ。離してっ・・』
『もうピアノ、弾けなくなるね。』
聞こえた沙織の言葉にはっとし、
テーブルの前に立ち、
こちらを見る沙織を見上げる。
『選んで。ピアノが弾けなくなるか、俊くんにもう関わらないか。』
・・・・・
後ろに掴まれた手のうち、
右手を前に出させられる。
右手はしっかり掴まれ、台に押し付けられ動かせない。
・・・・・っ・・
目の前の沙織が立ち上がり、
地面に置いてあった鉄の金槌を手に持つ。
・・・!
『嘘でしょ?沙織ちゃ・・』
沙織が大きな声で言葉を遮る。
『選んでってば!一生ピアノ弾けなくなってもいいの!?』
沙織が険しい顔でこちらを見下げる。
・・・・っ
『俊くんともう会わないって。もう関わらないって約束してくれたら、指は潰さない。』
『沙織ちゃんっ・・!』
『どっち!?』
大きな声をあげて、睨むように沙織がこちらを見た。
右手が痺れるように痛い。
・・・・・
沙織を見上げて答えた。
『あたしは新崎先輩が好き。諦めるなんてできない。それは絶対譲らない。』
まっすぐ沙織の目を見て答えた。
『・・・・・じゃあもう終わり!』
沙織が金槌を持った右手を振り上げる。
ーーーーっ!
閉じた目から涙が零れた。
ーーーー
いつか聴かせて。
機会があったら。楽しみにしてる。
ーーーー先輩の言葉と優しい顔が頭をよぎった。
台に次々と涙がこぼれ落ちる。
『先輩・・ごめんなさ・・っ・・』
漏れた言葉に
沙織の手が止まる。
ーーーー
『・・もうピアノ・・・聴かせられなくて・・・っ・』
ぎゅっと、目を閉じる。
涙が一筋、流れ落ちた。
沙織が右手を
降り下ろした。
ーーーーー。