Cross Over
無事仕事に復帰し、2週間が経とうとしていた。
徐々に仕事の手順、慌ただしい日々を取り戻していた。
仕事が終わればクタクタになった体で家に帰り、週末の夜には澪や沙織たちとご飯にいき、笑い合ってストレスを発散する。
そんな当たり前の日々に戻ってきている自分がいた。
『今日は久しぶりの残業だったなー。…まあでも、それもなんか懐かしいかも。』
今までは憂鬱だった残業も、事故から戻り今こうやって無事に仕事をしていることを考えると、そんなことすら幸せに思えた。
助かったんだもん。
それでこうやって仕事ができてる。
無理に思い出せないことを思い出すのはもうやめよう。
今があることに、まず感謝しなきゃね。
何が原因か未だにわからず、病院に運んでくれた人物の存在すら信じられないまま、とにかく今元気に過ごしていることに浸り、もう人のあまりいない会社の中でひとり、エレベーターを待った。
……バサッ。
突然、
書類が落ちる音がして、右を振り向く。
落ちた書類を、気だるそうにゆっくりと拾い上げる男性が目に入った。
180センチくらいはあるだろうか。
スーツがよく似合うスラりとした長身に、少し長めのさらさらとしたダークブラウンの髪。
書類を拾い、顔をあげた時。その整った顔立ちに、思わずドキっと胸が高鳴った。
思わず見惚れる自分に見向くことなく、無表情で隣に立ち。エレベーターを待っている。
ふと、我に返れば慌てて視線を元に戻す。
エレベーターのほうに向き直れば、少し遠くにまでひらりと飛んでしまっている一枚の書類に気付き、拾って彼に差し出した。
『…これ、忘れてますよ?…』
自分の声に、ちらりと横目に視線を伏せるよう。彼がこちらを見下ろした。
『ああ。…どうも。』
ふと、ほんの僅か口元に笑みを溢すよう受け取った彼は、その短い言葉を口にしたのみで、またエレベーターに視線を戻す。
…クールな人。にしても、こんなにかっこいい人がこの会社にいたなんて。
大手のこの出版社にはたくさんの社員が働いている。部署が違えば知らない人も当たり前にいるが。
こんなイケメンいたんだ、…と考えながら自分もエレベーターの階数の点滅を見つめる。
やがてエレベーターが開き、共に乗り込むと彼は
ゆっくりと気だるそうに1階を押した。
無愛想っていうか…。かっこいいけど、ちょっとなんか、冷たい雰囲気の人だな…。
あれ…でも。この感じ……。
その時。急に目の前が暗くなり、クラクラと歪んだ気がした。
エレベーターが動き始めれば、その上、更にひどい頭痛が襲ってきた。
……まただ。エレベーターに乗るとあたし、いつも…。
仕事に復帰してから、会社のエレベーターに乗った途端、頭痛に襲われることが何度かあった。
鎮痛剤を飲めば少し楽になり、そのためあまり気にしていなかったが、この日はいつも以上にひどい頭痛に襲われた。
『…おい。』
頭を抑えて急にフラフラとした自分を見て、横にいた彼が訊ねてきた。
『どうした。…大丈夫かよ?』
『…大丈夫…です。』
その一言しか返す余裕がなかった。
そう発した途端、立っていられなくなり、エレベーターの中でそのまま崩れ落ちてしまった。
『おい。…』
エレベーターが1階についたところで、自分を覗き込んでいた彼が肩を支えてくれ。なんとか立ち上がり、そのままエレベーターから出て、ひとけのない正面ロビーのソファーまで連れられ、ゆっくりと促されるまま腰掛ける。
『すいません……。大丈夫です、あたし…』
『いいから。そこ、座ってろ。』
フラフラと立ち上がろうとした私を制止し、どこかに行ってしまった。
頭が痛い…どうして急に…
こめかみを抑えながらソファにうずくまっていると、先程の彼が戻ってきた。
『…ん。…ちょっと落ち着け。』
見上げると、手にはミルクティーの缶が握られていた。
『…ありがとうございます。』
ゆっくりとその缶を受け取った。
彼は少し間を置いた隣のソファに、
ゆっくりと座った。