Cross Over


そのまま、しばらく他愛もない話しで笑い合っていると、



先輩がふと時計を見た。








『今から、ちょっと外出ないか?』






不思議そうに先輩を見上げる。




『どこ行くんですか?』




すると、車のカギを手に取り、立ち上がりながら先輩が微笑んだ。




『莉菜と行きたい場所。』













車に乗りしばらく走ると、


見覚えのあるビルの前に車を止めた。





ここは・・・。





車を降り、ビルを見上げる。





『ここも思い出したか?』





隣に立ち先輩が言う。





『はいっ。』



うなずいて微笑んだ。 











エレベーターから、階段をのぼり、


まだ、人がまだ少ないバーの店内を抜けて、外に出る。






夕暮れ時の景色が目の前に広がった。





あの日。



会社のエレベーターで先輩から告白され、そのあと連れてきてもらった場所。





『綺麗だな。夕方も。』




先輩が隣に立つ。





都会の喧騒の奥に、夕日が沈んでいく。


空が赤く染まり、その景色に吸い込まれそうになる。





『すごい綺麗です・・・っ。』




少しずつ少しずつ変わる空の色を、手すりから眺めていると、

隣で先輩が、手すりに肘をつき煙草を取り出した。





ふいに煙草の箱を見る。








・・・






『先輩。その煙草・・・』





一本口にくわえ、先輩がこちらを見る。






『煙草?』






『病室にあったのと同じ・・・』





先輩が持っている箱には


"KOOL"と描かれていた。






そりゃあ、と言いながら、火をつける。




『病室にいたのは俺だからな。』



『それは、わかってますけど・・・』






気になったのはそこではない。






『記憶をなくしてから会ってるとき、先輩は違う煙草を吸ってたから。』





だから先輩が病室にいた彼だと思わなかったとつぶやくと、先輩が答えた。







『・・・煙草を置いたまま、病室を離れたのはミスだったな。』





『もうっ。ふざけないでちゃんと答えてくださいっ。』




体を向ける私に笑いながら、先輩が遠くを見て話し出した。





『単純なことだよ。煙草を置いてきたことにあとで気付いて。莉菜に再会してからは、気付かれないためにわざと違う煙草を吸ってた。』



煙草の煙を吐き出しながら、先輩が少し困ったような表情で笑う。




『バレないようにしたけりゃ、声かけなきゃいいのに。莉菜から離れようとするのに離れられなくて、関わろうとする。全部矛盾してんだ。あの時の俺は。』






先輩・・・。





『俺も聞きたいことがある。いいか?』




ふと微笑んで先輩がこちらを見る。




クスっと笑い答える。




『はいっ。じゃあ交互に質問ゲームですからねっ。』




なんだそれ、と笑いながら、先輩が言葉を続けた。





『退院してからエレベーターで会ったとき、具合悪そうだったけど。あれは何が原因なんだ。』





『あれは・・・』





あれはなんだったんだろう。



エレベーターに乗るたびに頭痛がしていた。





・・・もしかしたら。






『わからないですけど、エレベーターに乗るたびに頭痛がしてたんです。あとは、記憶が戻るとき。』





先輩がこちらを見る。





言葉を続けた。



『エレベーターでの、先輩に告白されたあの出来事が、あたしの中の大きな記憶だったから。』





先輩を見上げる。



『だからかもしれないですっ。』




そうか、と先輩は安心したような笑みを向けた。








『なんか楽しいですねっ。』


ふふっと、思わず笑いながら言う。






楽しい?とこちらを見る先輩にうなずく。






『お互いのその時想ってたことを明かし合うみたいで。』






記憶がなかったことで、その時お互いが何を想っていたのか、何を想っていた言動なのか、



それが見えないことがいくつかある。



でも・・。




『記憶が戻って一緒にいる今、二人で離れていた過去を繋ぎ合わせているみたいで・・。
それが先輩となら、すごく幸せなことに思えるから。』





自然にもれた笑顔で先輩を見上げると、




先輩はまっすぐこちらを見つめた。





『莉菜・・。』





先輩が、優しく微笑んだ。






『次、あたしですよっ。』




『はい。なんでもどーぞ。』






煙草を吸う先輩に、ふふふ、と笑いながら言葉を続けた。






『エレベーターで頭痛がした時、先輩はずっと隣にいてくれましたよね。あの時、どうしてミルクティーを選んで買ってきてくれたんですか?』


『それはパス。』





煙を吐き出す先輩の腕を、えーー!!っと掴むと、

声をあげて先輩が笑った。




少し拗ねているとポンポンと頭を撫でられた。




冗談だって、言うよ、

そう言うと、煙草をくわえながら話し出した。








『ずっと莉菜を見てたから。』




煙草に火をつける。




『莉菜を最初、好きになって、そこから莉菜を会社で見かける度、目で追ってたから。いっつもそれ飲んでるなと思ってて。そしたらあの時。気がついたらそれ買ってた。』




・・・・////




自分で聞いたくせに、恥ずかしくなりうつむく。





先輩がふと微笑む。





『莉菜は、昨日俺のことずっと好きだったって言ったけど、いつから好きだったんだよ?』





・・・・っ////




見上げると、


余裕のある意地悪そうな笑みを浮かべて、

先輩がこちらを見た。
  




・・・・っ・・・////また、きっと意地悪されてるっ・・・////





『そっ・・・それは・・』




顔が熱くなる。






『先輩と初めて会ったときから。先輩にICカードを通してもらった、あの日からです・・///』




ふーん、と片方の口角をあげて、意地悪そうに顔を覗きこむ。





『じゃあ、記憶がなくなってからは?』





えーっと・・・・




『えっとそれはー・・・』




そこではっと気が付き顔を上げた。




『ずっ・・・ずるいです!先輩交互に質問ですよ!?///』




声をあげて、気付かれた、と笑う先輩を見つめて、ふと自然に笑みがこぼれた。





『じゃあ、最後の質問しますっ。』




笑い終えて、どうぞ、と答える先輩に、一番聞きたかった言葉を投げ掛けた。






『あたしが事故にあったとき、先輩はどうしてたんですか・・?あのあと、大丈夫だったんですか・・?お母さんから聞いたら、あたしを病院に運んでくれたのは先輩だったって。』




ああそうだ、と先輩がうなずき、

しばらく何かを思い出すように真剣な表情をしたあと、話し出した。




『莉菜が走り出して行ったあの後。しばらくして、すぐに呼吸が落ち着いてきて。そう遠くへは行ってないと思って、莉菜を探しに立ち上がったんだ。そしたら、車のブレーキ音が聞こえて。』





・・・・



そうだったんだ・・・。





何も言わず先輩を見上げていると、



ふと安心させるように先輩が微笑んだ。




『走って行ったら莉菜が倒れてた。それ見たときなんて、呼吸が苦しくなったときより、生きた心地しねえよ。』



先輩が遠くを見つめた。








空はだいぶ、暗くなっていた。







『先輩。たまにあんな風になることあるんですか・・?』




ああ、と先輩が視線を下に落とした。





『・・・もう治ったと思ってたんだけどな。』





・・・先輩。
 





・・・




この時はまだ、それ以上は聞いてはいけない気がした。








先輩の中には、誰も踏み入れない


何か大きな影がある。







先輩はきっと、見た目より感情が深く、


脆い人なんじゃないかと、私は思った。







昨日までの自分に対する先輩の想い。


そして、昨日から今日の、先輩の言葉、身体から伝わる想い。


その全てから、それを感じとっていた。






一見、クールで、冷たそうな表面。


その性格が、中にある何かを守ろうとしている。





先輩は本当はこんなにも優しい。



感情が豊かで、こんなにも人を想うことができるような優しい人だ。




それを私は知ってる。






記憶をなくしたからこそ、

 
その壁を越えて先輩とまた、こんな風に繋がれたからこそ、



そこに気がついた。








・・・



先輩がこちらに視線を向ける。





そして、まっすぐ目を見てつぶやいた。





『莉菜は・・。莉菜は俺から離れていかないよな。』







その目を見た時。





胸が急に締め付けられるように苦しくなり、


息がつまりそうになった。






一瞬見せた先輩の目は、



寂しくて、

悲しくて、

辛くて、

不安で・・・



そんな目に見えた。












先輩の手をぎゅっと繋ぐ。




『あたしは、何処へもいかないです。

先輩と、ずっと一緒に居たいから。』






この人は、何が怖いんだろう。



何を恐れているんだろう。







あたしを信じて欲しい。





そして。




先輩と一緒に、それを乗り越えていきたい。





『莉菜。』





ゆっくり近付いてきて、抱きしめられる。 





先輩の背中に手を回す。






ぎゅっと先輩の腕に力が入るのを感じながら、



先輩に想いが届くようにと願いながら、


そして、


先輩の全てを受け入れたいと心に誓って、



ぎゅっと、広い背中を抱きしめた。

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