Cross Over
奏
コンクール当日。
控え室で自分の順番を待ちながら、そわそわと動く。
何回も経験してきたこの場も、今回は訳が違う。
今までにないプレッシャーから、手が震える。
顔をあげると、ドレスアップした自分が鏡に映る。
アップした髪に、背中のあいた黒のドレス。
いつもと違う、大人っぽいシックな衣装に身を包んだ自分の表情は、いつになく固く、険しかった。
自分を信じて弾ききるしかない。
譜面に目を落としていると、携帯がなる。
あっ・・新崎先輩っ・・
『もしもしっ。』
『莉菜?今着いた。』
先輩の声にふと心が落ち着く。
『みんな一緒ですか?』
『ああ。』
先輩の声の後ろから、澪と佐山先輩、そして沙織の声が聞こえる。
『出番はまだだよな?』
時計を見る。
『一番最後ですからね。まだまだです。』
電話越しに笑うと、そうだな、と先輩の返事が聞こえた。
『先輩あのっ・・』
少し間を置いて答える。
『ちょっとだけ、会いたくてっ・・』
言葉を発したあと、ふっと先輩が笑ったのが電話越しにわかる。先輩の優しい声がした。
『ああ。俺も言おうかと思ってた。』
ーーーー。
『先輩っ』
たくさんの人が行き交う大きなコンサートホールのロビーで、
壁の隅に背中をつけた先輩が声に顔をあげる。
『・・みんなは・・?』
先輩に駆け寄りまわりを見渡して言う。
『先に席についてるからって。もう中入ってる。』
『そうですか。』
『莉菜に会って気を散らさせたらよくないから、大人しくしてるってさ。』
先輩の微笑みに、ふふっと小さく笑った。
コンサートホールでは、小学生の部から、もうすでに演奏が始まっている。
関東地区の大きなコンクールなだけに、会場の大きさも、人の数もかなりの規模だ。
『緊張してるか?』
壁に寄りかかっていた背を離して先輩が言う。
少しうつむき視線を落とす。
『・・・やっぱり毎回緊張しますけど、今回は特別です。』
自分の手を見る。
『自分で作った曲ということだけでも・・まして最後のトリなんて。考えただけで震えるのに。』
表情が重くなる。
『莉菜だから選ばれたことなんだろ?』
先輩の声に顔をあげる。
『自信持って弾けよ。俺も、みんなも見てる。』
ポケットに手を入れた先輩が、まっすぐな視線で微笑んだ。
『自分のために。あと、俺のために。弾いてくれよ。』
な、と先輩が優しい目を細めた。
緊張から、不安、心配、期待、に押し潰されそうだった感情が一気に込み上げる。
涙が溢れそうになった。
『泣いたら勿体ねえぞ。綺麗なのに。』
こぼれそうになった涙を、先輩の指が拭う。
優しい先輩の顔を見て、その安心感に包まれる。
勇気と自信が宿った気がして、微笑んだ。
すると、突然、
ポケットに手を入れたまま先輩の顔が近付いた。
ーーーーーっ。
人がちらほら行き交う中、ロビーの片隅で先輩が軽く触れるように唇を重ねる。
『・・・・っ先輩・・』
『莉菜らしく、思いっきり弾いてこい。』
先輩の大きな手が頭を撫でる。
『・・・はいっ』
先輩を見上げて、自信を秘めた目で微笑む。
それを見て、先輩が一度、うなずいた。