たゆたえども沈まず

「まだ温ママには言ってないんだけど、俺バイト決まったら家帰る」

「え……」

私がスポンジで洗った食器を久喜が濯ぐ。
手が止まると、久喜がこちらを見る。

「まあずっと居るわけにはいかないし」

「うん、そうだよね」

自分でも分かりやすいと思うくらい気分が落ち込んだ。今日は吉日じゃなかったのか。
久喜が『結婚したら』と言うから、色々期待した。

こうして上げて落とされていくのか……。

「温」

名前を呼ばれて顔を見上げる。慣れたように唇が重なった。

「な……っ」

しー、と長い指が唇の真ん中に立てられる。お母さんそこにいるのに。ちら、と見るとテレビに夢中らしい。



< 146 / 163 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop