ことり公園。
 それは鈴原のすぐ後ろ、スーツ姿の一見普通に見える男性が、顔を赤らめて恍惚な表情を浮かべながら、発していたものだった。


 周りの人達はただ気づいていないのか、見て見ぬふりをしているのか、なんでもない顔をしている。


「鈴原……。」


 車内は空調が効いているというのに、鈴原の額には汗が滲んでいた。


 その上、唇を固く結んで、何かを堪えるような表情をしている。


 ……痴漢。


 その文字が浮かんで、俺はすぐにどう助けるかを考えた。


 大声を出したり、痴漢だ、と言えば、男は逃げるかもしれない。


 ……だけど鈴原は、周りに知らされて、嫌な思いをするんじゃないかと思った。


「……ごめん、鈴原。ちょっと我慢して。」


 俺は鈴原の耳元で言うと、その華奢な肩を強引に引き寄せた。


「た、小鳥遊くん……。」


 鈴原のか細い声を、胸に押し付けて防ぎ込む。


 鈴原のすぐ後ろに立っていた男が、ぽかんと俺を見つめてきたので、俺はそいつを睨み付ける。


 男はバレないとでも思っていたのか、周りに嫌な顔をされながらも人を掻き分け、焦って別の車両に移っていった。


「鈴原、……もう、」


 ――『もう、行ったよ。』


 そう言って鈴原の肩を離そうと思っていたけれど、その肩は微かに震えていて、俺は意思とは反対に、肩を抱く力を強めた。


 鈴原自身も俺に身を委ね、抗うことはしなかった。
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