おやすみを言う前に
「雪町さん。」
「はい。」
いきなり、お母さんが目の前で正座をした。慌てて姿勢を正す。
「麻衣子のこと、よろしくお願いします。」
そしてあろうことか、頭を下げた。
「雪町さんのことはあの子から聞いてました。あんまり自分のこと話さない子だけど、彼氏が出来たって嬉しそうやったちゃん。うちはあの子のすぐ下に双子の弟がいて、麻衣子は手がかからない子やったちゃから、あんまりたいそ見てやれなくて。だから人に頼るのも下手だし、何がしたいとも言わない子なんです。」
長く頭を下げた後に顔を上げたお母さんは、麻衣子に似た優しい笑顔で話し出した。
「麻衣子が初めて自分の希望を言ったのは大学進学の時で、今回が二回目。だから、適当に見えたかもしれないながやけど、お父さんも反対しなかったんですちゃ。きっと雪町さんには甘えられるんだと思うから、どうか麻衣子をよろしくお願いします。」
その娘思いの言葉に、胸が熱くなってしまった。麻衣子は、手はかけられなかったのかもしれないけれど、しっかりと愛されて育ったのだ。
だから彼女は優しく純粋で真っ直ぐなのだと実感する。
俺ももう二十七。いいかげんに付き合うつもりなど端からないが、麻衣子とずっと一緒にいられればいいな、と、そういう努力をしようと、固く決意した。