おやすみを言う前に

「先、帰る。」


それだけ言い逃げて、走った。


「麻衣子!」


背後で拓馬が呼ぶ声がしたけれど、無視して走り続けた。

バカみたいバカみたい。私ってなんて子どもなんだろう。わかっている。スーツを着ていたし、きっとただの同僚とかそんな関係だろう。疑っているのではない。

ただ、二人がお似合いに見えて悲しくなった。拓馬にはもっと大人な女性が相応しい気がしていて、その女性が現実に現れたように見えた。

それだけなのに単なる私の暴走でこんな態度をとってしまった。自分が嫌になる。止められなかった。


家に帰って自室に籠る。暗い部屋、ベッドの上で膝を抱えながら自分のちっぽけさに涙が止め処ない。

こんな幼稚で自分勝手な私に、いつも優しい拓馬もいいかげんうんざりするだろう。帰ってきたらどうしよう、どんな顔をして会えばいいだろう。
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