おやすみを言う前に

すると、拓馬が帰宅した。足音が部屋の向こうで止まる。


「麻衣子?入るで。」


鍵を掛けていないドアを開けて拓馬が近寄ってくる。電気が付いた。膝頭に額をつけて俯いた。顔が見られない。


「どうしたん?昨日からなんかおかしいで。」


ベッドに腰掛けたのが布団の軋みでわかる。すぐ傍にいるのが空気と声で伝わってくる。

心配してくれている声だ。怒っていないことに安堵するけれど、その余裕さに惨めになる。拓馬が大人に見えるのは私がまだまだ子どもだからだ。


「黙ってたらわからんよ、ちゃんと言うてくれんと。」


いつまでも意地張ってちゃだめだ。わかっているのに顔を上げられない。これでは呆れられてしまう。そんなの嫌だ。
< 77 / 89 >

この作品をシェア

pagetop