呉服屋の若旦那に恋しました
第一章
突然の婚約
小っちゃい頃からずーっと私にしょうもない嘘をつき続けてる8つ上の男がいた。
お陰で私はかなり疑い深くなったし、随分とひねくれた人間に育ってしまったと思う。
「別れよう」
目の前の男が言った台詞を、私はわりと冷静に受け止めた。
そうなるよねえ~、とその男の肩をぽんと叩いてあげたいくらいだった。
私は、何も言わずに飲みかけのワインを見つめた。
新宿の31階の夜景が綺麗なレストラン。なんでこんなプロポーズされるような場所でふられなきゃならんのだ、私は。
「ママが、職の無い女性とのお付き合いは認めないって……」
お前の意思じゃねぇのかよ!
その前にこの人今ママって言ったよね? ネタじゃないよね?!
そんな人リアルにいたんだね!?
私は脳内で弾丸ツッコミを入れながら、彼の言葉を黙って聞いていた。
“職の無い女性”という言葉に、何も言い返すことはできなかったから、黙ってることしかできなかったんだ。
「僕もママに少しは言い返したんだけど、やはり僕は医者になる身だし……、それにママが」
そこそこ有名な進学校を卒業して、補欠でギリギリ受かった都内の難関私立大に通って、大手企業しか面接を受けなかったら、見事に全落ちした。
受かると思ってたんだ。自分は、才能がある人間だと思ってたから。
今目の前でママのことをつらつらと語ってるこの元彼も、優秀でお金持ちで将来有望。そういう彼氏をもっていることが私の自慢だったし、自分もそれに釣り合う人間だと思っていた。
「まあ衣都(イト)ちゃんはかわいいけど、確かにちょっとひねくれてる所があったよね。僕のママに会った時も」
完全に自惚れていた。自分はエリートだと思ってた。
でも、違った。
就活に失敗した今、恋人にもふられ、私にはもう何も残っていなかった。
自分がどれだけ凡人なのか、今痛いほど実感している。
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