呉服屋の若旦那に恋しました


「でも、本当はその方が、いいのかもな……」

「え……?」

「皮肉だな、今気づいたよ」

「何に……?」


そう問うと、志貴は少しだけこっちを振り返って、うすく微笑んだ。


「自分の気持ちに?」

「え」

「じゃあな。避妊はちゃんとしろよ」

「さ、最低、セクハラ!! てかそういうことしてないし!!」


私の必死の否定に、志貴は鼻で笑うだけだった。

聞いてよ、ちゃんと、最後まで。

誤魔化さないでよ、答えを。

どうしていつも志貴は、私の心をかき乱すだけかき乱して、すぐにどこかへ行ってしまうの?

私が離れると近づいてくるし、私が近づくと離れていく。


志貴との縁は、するすると手のひらから抜け落ちていく糸のようだ。


どうやったって、上手く結べない。

何度も何度も試してみても、上手く結べないの。


それは、私の心の中にある蟠りが、指先を震えさせているからかもしれない。


“皮肉だな、今気づいたよ”。


一体何に気付いたの?
        、、、
私はその言葉を、どっちの意味で、捉えたらいい?

わからないよ、志貴。お願いだから、これ以上私の心を乱さないで。


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