呉服屋の若旦那に恋しました
「私、焦ってしまって……」
美鈴さんは、暫しの沈黙の中、口火を切った。
俺は暫く黙って彼女の言い分を聞こうと思った。
「温泉旅行、衣都ちゃんと行ったと聞いて……」
「……」
「志貴さんの、ただの幼馴染だということは、分かっていましたのに……」
「……」
「でも、なんだか彼女が、志貴さんに好意を寄せていることを、初めてお会いした時から感じとってしまって……」
「……」
「それで、焦ってしまったんです……。大人として恥ずかしいですね……幼馴染にまで嫉妬してしまうなんて……でもそれくらい余裕が無い程私は」
「2つ、間違っていることがあります」
今までずっと黙って聞いていた俺が言葉を発したので、美鈴さんは一瞬驚いた表情をした。
美鈴さんの言葉を途中で切って、俺は、いつもより少し低い声で話した。
「彼女は、衣都は、俺のことを好きじゃありません」
「え……」
「それは、残念ながら美鈴さんの勘違いです」
「そう…でしょうか……そんな風には、見えなかったですけど……」
「いえ、彼女は、一度も自分から俺を求めたことは無いです。…俺がいなかったからいなかったで、彼女の人生に差し支えは無いんです。彼女にとっての俺は、それくらいの存在なんです」
「………」
「……もうひとつの間違いは、彼女は、ただの幼馴染じゃありません」
「え」
「特別な人です……他人には理解してもらいたくないくらい」
「……」
「……逆ですよ、あなたが思っている事と、全部。彼女が欲しくて堪らないのは、俺の方なんです」