呉服屋の若旦那に恋しました
商店街……?
もしかして、女子高生二人組に、衣都を妹だと勘違いされたときの話か……?
「お話の内容も、全部聞いてしまいました。ごめんなさい……妹さんのことも、知ってしまいました」
「………」
「優秀で容姿も完璧で人望も厚くて……そんな有名なあなたが、あんな風に怒るなんて……なんだかそのことが凄く気にかかって、私は東京に行っても、たまに志貴さんのことを思い出していました。だから、再会した時は本当に嬉しかった……こんなことあるんだって。運命だって……私、舞い上がってしまって……でもそれは全部自惚れでした……っ」
そこまで言って、美鈴さんは、苦しそうに眉を顰めた。
そして、俺の服の裾を、震えた手で掴んだ。
「あの時一緒にいた女の子は、衣都さんなんですね……?」
「………」
「あの子と、志貴さんを繋いでいるものは一体なんなんですか……? 忙しい両親の代わりに志貴さんが親代わりで、それで段々情が移ってとか、そういうことですか? どんな事情であれそこに情は入っていますよね? 恋愛感情だけではないですよね? むしろ恋愛感情より情の方が大きいんじゃないですか? それは本当に愛なのですか? それは、本当に……っ」
美鈴さんの口を、思わず軽く手で塞いだ。
美鈴さんは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。もう、プライドなんて、彼女には残っていなかった。
「美鈴さん、じゃあ、本当の愛ってなんですか?」
「……それは……」
「人の過去を抉って人の感情を勝手に推測してまでして手に入れたい愛が、本当の愛なのですか?」
そう言うと、彼女は押し黙ってしまった。
彼女の瞳の奥が、一気に暗くなった。
「……家まで、送ります」
「………」
「……ある人にも、言われました。俺の愛はただの依存だって。美鈴さんもそれを言いたかったんですよね? ……でもそれは、色々な事情が重なってしまったからそう見えるだけで、俺の衣都に対する想いは、もっと単純で分かりやすいものです」
「……色々な、事情ですか……」
「あなたの言うように情も入っているのかもしれませんが、情がわいてしまうような出来事を抜きにしたとしても、俺は普通に、彼女を愛していたと思います」
そう言うと、彼女はやっと納得がいったというような表情をした。
それはほんの一瞬で、もしかしたら納得がいったというより、諦めに近い感情だったのかもしれないけれど。
俺は、車で美鈴さんを家まで送った。
彼女の瞳は、暗いままだった。