呉服屋の若旦那に恋しました
「志貴君、本当に衣都の入学式、来ないんか?」
「いや、行きたいの山々なんですけど……心底本当に本気で行きたいんですけど……」
6年前、衣都がいよいよ高校に入学する日、入学式に行かないと言った俺に、隆史さんは再度問いかけた。
わざわざ俺が(まだ慣れていない)仕事に悪戦苦闘している時にやってきてまで。
俺は、衣桁に着物を通す作業を止めて、隆史さんにお茶を出した。
隆史さんは終始不思議そうな表情で、俺の話を聞いていた。
「俺も衣都のJK姿を生で見たいですよ。そりゃ」
「よお親ん前でそないなこと言えるな……」
「でも、そろそろ衣都離れしなきゃと思いまして……」
「衣都離れ?」
「衣都の高校生活を、俺が邪魔しちゃ駄目じゃないですか。もし衣都がブラコンとかホストに騙されてるとかそんな噂たったらどうします?」
「あー、その髪型ホストみたいっちゅー自覚はあったんやな……」
「着物王子とか言われて調子こいて染めたら奥様方にめっちゃくちゃ不評だったんで明日黒に染め直します」
「そりゃ良い判断や」
哀れんだような目で俺を見る隆史さん。
でも、すぐに少し安堵したような表情になった。
「でも、良かった。志貴君が、そないゆー考えも持ってくれていて」
「え、それは離れてくれて良かったということですか……」
「そうやなくて、相手を思って離れるってゆーんは、相手んことをぎょうさん大事に思ってへんとでけへんからな」
「……」
「ただの依存とかやったら、そんなことはでけへんから」
……きっかけというきっかけがあるとしたら、それは隆史さんのあの言葉だったのかもしれない。
確信に繋がったのは、衣都が彼氏とキスをしているところを、偶然見てしまったあの日。
自分の気持ちに気付いたけれど、本当はその方がいいのかもしれないということにも、同時に気付いた。
衣都が、俺から自然と離れていくことがベストなのかもしれない、と。
それがきっと一番自然で、一番望まれている事なのかもしれない。少なくとも藍さんはそれを望んでいる。