呉服屋の若旦那に恋しました
ぎゅうっと、彼女が腕に力を込めた。
大げさかもしれないが、俺は、彼女を守ると決めた時からの十数年分の想いが、やっと報われたような気持ちになった。
衣都が、初めて自分から俺を求めてくれた。
俺に会いたかったと、寂しかったと。
どんなトラップだ、これは……。
実家に帰るだけで何が彼女をそうさせたんだ……?
常に衣都に邪険にされてきていた俺は、色々なことに疑心を抱いていた。
俺は衣都の腕を優しくほどいて、とりあえず向き合った。
「待て、どうした。どういう罠だこれは」
「志貴、抱きしめ足りない」
「やめなさいまじで意味わからん。美鈴さんのことで怒ってたんじゃないのか?」
「うわあああそのことすっかり忘れてたムカつく浮気者おおお」
「言わなきゃよかった……。いや待て他にどの理由で怒ってたんだよじゃあ」
「志貴といるの疲れちゃったから」
「…………歯に衣着せなさいちょっとは」
「……だって、志貴いつも私のこと弄ぶんだもん」
「いや待てそれ本気で今の俺の台詞だからね?」
そう言うと、衣都はまた俺にギュッと抱き着いてきた。
俺は訳が分からないまま衣都の背中に手を回した。
訳は分からないけど、こんなこと滅多にないので、この状況を楽しむ方向に変えるべきであろうか……。
「なんだお前……本当どうした?」
ポンポンと背中を叩くと、衣都は腕に力を入れた。
「志貴は、いつも私の胸ん中ぐちゃぐちゃにする、昔から……」
「え……?」
「でも、こんな風に私を乱すのは、志貴だけなんだよっ……」
「……衣都……?」
「意識するなって、なんでそんな冷たいこと言うの? キスしたくせに、どうして突き放すの? 本当は私のことどう思ってるの?」
「ちょ、衣都、いた」
ぽかぽかと衣都が俺の胸を叩いた。
「結婚を迫ってくるくせに、私のことを好きって言ってくれないし、美鈴さんに抱き着かれてるし、意味わかんないよ」
「待っ、衣都」
「それなのに毎日髪飾り選んでくれたり、似合ってるって言ってくれたり、神社まで迎えに来てくれたり、私と一緒にいる未来が欲しいって言ったり……っ」
「衣都っ」
パシッと、衣都の腕をつかんで叩く手を止めた。
衣都は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。