呉服屋の若旦那に恋しました
「志貴兄ちゃん、志貴兄ちゃん家のご飯って、美味しいね」
あれは何年前のことだったろう。
物心ついたときから私のそばには志貴が当たり前のようにいた。
私の標準語が志貴に少しうつってしまうほど、ずっとそばにいた。
(私がなぜ標準語かと言うと、今は亡き母が関東人で、姉は母の影響で関東弁と関西弁が混ざっていた。私は姉の影響で関東弁を覚え、東京へ進学と同時に殆ど関東弁を話すようになったのだ)。
8つ上の志貴は、昔から王子基質で、いや王子っていうかむしろ王様っていうかジャイアン基質で、私のことをめちゃくちゃ見下していた気がする。
「まあ、俺の家には優秀な家政婦がいるし、庶民とはちゃうからな」
「へぇ~、すごいね、美味しい」
「これも食え、俺はよう食べ飽きてるから」
幼いころに母を亡くし父子家庭だった私は、よく志貴の家で預かってもらっていた。
志貴のご両親もお仕事で忙しいから、志貴と2人きりなことが多かったけど。
でもあの時はお兄ちゃん補正で、志貴のことが凄くかっこよく見えて、志貴兄ちゃんと結婚するとしょっちゅう言ってた気がする。
あの時から私は男の人を見誤っていたのか……そう思うと自分が哀れで仕方ない。
「失礼します……」
「あら、おはようさん、衣都ちゃん」
「あの、着物……」
とりあえず顔を洗って歯を磨いて、寝癖を整えて、静枝さんの部屋に来た。
静枝さんと省三さんは、はなれに住んでいる(と言っても歩いて30秒くらいの所で、私と志貴が住んでる家がお店と一体型なのである)。
おずおずと襖をあけると、静枝さんは『待ってたんよ』と言って、私を部屋の中へ入れてくれた。
「衣都ちゃんには何色が似合うかなって、昨日の夜からずっと考えてたんよ」
「わあ…、可愛いピンク……」
「撫子色って言うんよ。綺麗やろ?」
「はい、とても!」
「私のお古やけど……」
「いえすっごく嬉しいです!」