呉服屋の若旦那に恋しました
愛しい、苦しい
『…怖かったの、志貴の優しさが、ずっと怖かったのっ……』。
そう言って泣く彼女を、俺は心の底から愛おしく思った。
緊張して震えている瞼、雪の様にやわらかくて白い肌、時折漏れる色っぽい声が混じった吐息。
背中にまわされた腕に力が入るたび、正直おかしくなってしまいそうだった。
愛しかった。
同時に、怖かった。
まだ赤ちゃんだった衣都を、はじめて抱っこした時みたいに。
大切過ぎて、愛しすぎて、苦しい。
こんなに愛おしいものがこんなに近くにいてくれる。これ以上無い幸せなのに、もう二度と手離したくないのに、俺は何を恐れているのだろう。
簡単にほろほろと落ちてしまう雪柳に触れるのと同じくらい、衣都に触れることが怖い。触れたい。でも、怖い。
人は人を本気で愛すると、こんなに臆病な人間になってしまうのだろうか。
「志貴、おはよう」
「………」
朝目が覚めると、目の前に衣都がいた。
低血圧な俺は暫くぼうっとしていたが、だんだんと昨日のことを思い出して頭がさえてきた。
「衣都、今何時?」
「5時」
「起きんと……」
なんだか頭がぼうっとする。
昨日の衣都の体温がからだに焼き付いているようだ。
いつもなら仕事モードにすぐ切り替えて起きれるのに、昨日の熱がいたるところに残っていて、なんだか力が入らない。
それは彼女も同じなのか、眠そうにゆっくりと何回かまばたきをしていた。