呉服屋の若旦那に恋しました
「誕生日おめでとう、志貴!」
「え……」
……そうか、今日は自分の誕生日だったのか。
そんなこと、すっかり忘れてしまっていた。
この数年、ちゃんと祝ったことなんか無かったし、親でさえ覚えていたのか疑問なほどだったのに。
座って座って、と衣都の腕に引かれるがまま、俺はいわゆる誕生日席と言われる席に座った。
「31歳おめでとう!」
「年的にはぜんっぜん嬉しくねーけどな……。まさかこの年でこんなに盛大に祝ってもらえるとは……」
そう呟くと、父さんと母さんが“衣都ちゃんがどうしてもって言うから来ちゃった。そういえばあんた今日誕生日やったんやね”と言いやがった。
それ俺の誕生日祝いに来たんじゃなくて、衣都とご飯食べたかっただけじゃね……?
俺は心の中で白目をむいた。すると、そんな俺に中本さんがおめでとうございます、という言葉とともに、日本酒をプレゼントしてくれた。俺はそれを有り難く受け取った。そういえばこの数年間俺の誕生日を祝ってくれてるのは中本さんだけだった。
「私からはこれ!」
「……スケジュール帳と万年筆?」
「ううん、日記帳! 志貴いつも日記つけてるでしょ?」
「知ってたんや……」
「うん」
衣都がくれたのは、黒のレザーの分厚い日記帳だった。使うごとに味が出てきそうな、とてもいい質感だった。
衣都にこんなにちゃんとしたプレゼントをもらったのは初めてだったので、俺はかなりじんとしてしまった。
「ありがとう」
日記帳を見ながらそうつぶやくと、衣都はにこっと笑って、ご飯を食べようと言った。
こんなに大人数で食卓を囲むのは久々だった。
普段はあまり好んで食べないものも、嘘みたいに美味しく感じた。