呉服屋の若旦那に恋しました
最終章
ただ一言、
『衣都っていう名前はね、衣都にとって大切な誰かとの縁が、赤い糸が、強く結ばれますように。そう願ってつけたのよ』。
繰り返し何度もお母さんに言われた言葉を思い出す。
私が唯一お母さんの声や表情をはっきりと思い出せるのは、衣都っていう名前の由来を話している時のお母さんだった。
大切な誰かとの縁は、赤い糸は、きっと、生まれる前から志貴と繋がっていたように思える。
「今日は志貴さん東京でお仕事なんやね」
「そうみたいです。いっぱいお土産頼んどいたので楽しみですね!」
「まあ、衣都ちゃんったらしっかり者やわ」
そう言って、少し呆れたように中本さんが笑った。
季節はあっという間に移り変わり、肌寒い1月になった。忙しい成人式も終えて、やっと落ち着いた頃、志貴は東京の百貨店と展示会の話し合いをしに向かった。
私と志貴のことを聞いた中本さんは、そりゃあもう微笑ましく思ってくれたらしく、心から祝福してくれた。
今まで私達の関係性がいまいち分かりづらく、聞きたくても聞きだせない状況だったのだとか。それを聞いて、私は少し申し訳なく思った。
「たった1日でも志貴さんがいないと、寂しいでしょう」
そう言って、中本さんは私たちのことを最近よく茶化す。
中本さんは本当に私にとってお母さんみたいな存在に近かったので、茶化されるのは恥ずかしいけど、なんだか少し嬉しかった。
「すみません」
そんな風に、中本さんと他愛もないお話をしていると、少し緊張した様なか細い声がのれんの向こうから聞こえた。
私と中本さんは笑顔でお客様を迎えた。