呉服屋の若旦那に恋しました
……志貴は、店を継ぐために、着物の勉強をするために、あちこちを回っていたと聞いていた。
でもそれは、違った。嘘だった。志貴はずっと京都にいた。
降りしきる雨の中、私はお父さんの言葉を思い出していた。
“衣都、ちびっとやけ、ほんのちびっとん間やけ、志貴君と距離をあけられへんか? ほんのちびっとやけや。志貴君に、頑張る時間を与えてやってくれんか?”
頑張る時間……?
頑張る時間って、一体何を……?
「どうしてそんなことを聞くの?」
「……志貴と、4年間会えない期間があったんです……」
「4年も? どうして?」
「分からないです……、お父さんたちに、そう説得されて……」
「それって……、志貴さんが、あなたに会うことが辛かったからじゃないの?」
美鈴さんの鋭い言葉が、嫌な考えを巡らせている回路を一気に加速させた。
私に会うことが辛かったから……?
それは、罪の意識で私に接していることに、限界が来たから……?
違う、それだったらたとえ政略結婚だとしても私と同棲することなんて耐えられないはず。
きっと他に、なにか理由があったんだ。
私と4年間会えない理由が。なにか。
突然冷たくなった美鈴さんの瞳に、私は震えた。
「志貴さん……言ってましたよ、衣都に対しての恋愛感情は、情も入ってるかもしれないって……」
「え……」
「私、はやくあなたから志貴さんを解放してあげたい……っ、あなたはずっと自由に生きてきたのに、志貴さんはずっと、あなたに時間を使ってきた……」
「……」
「でもそれは仕方ないって思ってた。志貴さんにとってあなたは特別な子なんだろうから。だから諦めようとした。でも、私、知ってしまったっ……あなたと志貴さんを繋いでるものはなんなのか」
「……やめて…ください……」
「志貴さんと同じ中学だった子に、聞いてしまったの。19年前の、あの事故の話を……」
「やめてください!」
「……もし、志貴さんが、償いや責任感であなたを護ると決めたなら、あなたはそれを知っても、彼を解放してあげれないの……?」