呉服屋の若旦那に恋しました


「びっくりした、もうこんなに大きくなってたんだな」


ふと、障子の向こう側に、志貴の声が聞こえた。

時計を見ると、もう営業時間は過ぎていた。

志貴以外にも複数人の声が聞こえ、私は恐る恐る障子の隙間から外の庭を覗いた。

そこには、志貴と同い年くらいの男性と、その奥さんらしき人と、5歳くらいの男の子がいた。

雨はいつの間にか上がっていて、男の子は蓮池に浮かぶ葉をつんつんと指でつついている様子だった。

志貴は、今までに見たことないくらい優しい顔で、その男の子を見ていた。


「お前も立派な父親やってたんだな。今度まだ京都旅行来るときは連絡寄越せよ」

「俺にしてみれば志貴が結婚してないことの方が不思議だよ。お前なら選び放題だろ、着物王子」

「やめろその呼び方」

「今彼女は?」

「いるよ」

「あ、もしかして梨乃ちゃんとまだ付き合ってるの?」

「違うわ、もっと昔からの知り合い」

「え、そうなの?」


……大学時代の友人なのだろうか。

私は何だか、その微笑ましい家族の姿に、ものすごくショックを受けた。

志貴も、もしかしたら私がいなかったらあんな風に結婚して、すでに子供がいたかもしれない。


“あなたはずっと自由に生きてきたのに、志貴さんはずっと、あなたに時間を使ってきた……”。


また、美鈴さんの言葉が胸を刺した。

私が、志貴の時間を奪ってしまったのかもしれない。

そう思うと、震えが止まらなくなった。

< 170 / 221 >

この作品をシェア

pagetop