呉服屋の若旦那に恋しました
「じゃあ、やっぱり、志貴は責任感で私に優しくしてたんだ……。私はずっと、知らないふりをしていれば、志貴と今まで通りの関係でいれるって、時間はかかっても、いつか今まで通りの関係に戻れるって、単純にそう思ってた……」
「衣都、最後まで聞け、でも俺は、」
「志貴は、優しいね……本当に。私は志貴がいたおかげで、1人でお家にいることも少なかったし、美味しいご飯もたくさん食べれた」
「衣都、こっち見て」
「入学式も3人で写真を撮れたし、勉強が分からない時はいっぱい教えてもらった。部活で悔しいことがあった時は、ずっと話を聞いてもらったし、彼氏と別れた時は慰めてもらった」
「衣都っ」
「だからもう、十分だよっ、志貴……っ、もう、いいよっ……」
私は、志貴の胸を叩いて、腕を振り払った。
もういいよ。もう十分だよ志貴。
私はもう、十分あなたから幸せを貰ったよ。
もう、大丈夫だから。
「衣都、何が言いたい」
「別れよう」
「俺の話は聞いてくれないのか」
「別れよう、志貴」
――――私と志貴を繋いでいたものは、赤い糸なんかじゃなくて、重く冷たい鎖だったんだ。
それを外す鍵は、私しか持っていない。
私しか、志貴を自由にしてあげることはできない。
「衣都っ、いい加減冷静になれっ」
「冷静だよっ、私と志貴は一緒にいない方が良いと思ったから、そう言ってるんだよ!」
「俺は衣都と一緒に居たいっ、衣都が好きだっ」
「私はもう志貴と一緒にいるのは無理だよっ」
そう言い放つと、志貴は、一瞬ものすごく傷ついた顔をした。
私は、そんな彼の表情を見た瞬間、切なくて苦しくて、涙が零れ落ちた。