呉服屋の若旦那に恋しました
「ごめんね、衣都。全部志貴君から、聞いたの」
「え……」
「私の…、せいだね。ごめんね、衣都……」
藍ちゃんの長い腕が、私の体にまわった。
彼女のシトラス系の香りがふわっと香って、彼女の女性にしては少し低い声が耳元で聞こえた。
私は全く状況が理解できず、藍ちゃんに抱きしめられたまま、ぽかんとしていた。
「私ね、まだ幼かったし、母さんのことがほんとに大好きだったから、志貴君のことを中々許せなかったの……っ。彼の顔を見るたびに、憎悪で胸の中がめちゃくちゃになった」
「藍ちゃ……」
「いつか事実を知ってしまう前に、衣都から離れて欲しかった…っ、衣都まで傷つけたくなかったっ……」
「っ……」
「とにかく彼ともう関わりたくなかった……でも、ある日母さんのお墓に、一冊の日記帳が置かれてた。明らかに志貴君の字だった。それを見た時、少し考えが変わった……」
「日記帳……?」
藍ちゃんが、そっと私から離れて、震えた瞳で私を見つめた。
「彼が、私のあの言葉のせいで、すごく責任感を感じてしまったんじゃないかって……凄く動揺した。志貴君は、私が思う何億倍も、自分のことを責めていた」
「……」
「志貴君が衣都に固執するのも、償いの意味で接してるんじゃないかって……そう思ったら、今度は私が辛くて仕方なくなった……怖くなった……」
「藍ちゃん……」
「だから私、彼に約束させたの。4年間、衣都と離れてって。あの過去から離れて色々なことを考える時間が彼に必要だと思ったからっ……」
――――志貴君に、頑張る時間を与えてやってくれ。
お父さんの、あの切なげな表情とともに、あの言葉が蘇った。
頑張る時間…それはもしかして、過去と離れるための時間だったの……?
「4年離れて…でも、それでも、どうしても衣都が大切なら、もう好きにしていいって言った。私は正直、とっくにその4年間で志貴君は志貴君で勝手に幸せになって欲しいと、無責任にも思ってた。だってそれが一番自然な形だと思っていたからっ……」
自然な形……。
藍ちゃんも私と同じ考えだったんだ。
「でも、志貴君の想いは変わらなかった……4年経って、どうか衣都に会わせて下さいって、そうやって頭を下げる彼に、私はもうどうやって責任を取ったらいいのか分からなくなってしまった」
藍ちゃんの声が、徐々に震えだした。