呉服屋の若旦那に恋しました
「志貴っ……」
今まで彼がついてきた嘘が、頭の中を走馬灯のように駆け巡った。
俺には召使いがいるからな。俺は食い飽きてるから、沢山食えよ、衣都。
なんで衣都を見つけられたかって? 俺には魔法が使えるからだよ。他の人には内緒だからな。
俺は未来が見えるんだ。もし衣都が遠足に行ったらバッタに追いかけまわされる所だったぞ。
だから、模試の判定なんか気にすんな、お前は絶対T校に受かる!! 俺は未来が見えるって昔から言ってんだろ!
そうしょげるな。お前を好きになってくれる人は、この先沢山いる。もし見つからなかったら俺が見つけてやる。だから泣くな。
お店を継ぐために、色々勉強しなきゃいけないことがあって、あちこち回るんだ…すごく忙しいから、暫く会えなくなる。
寂しくなって泣くなよ。まあ俺は御守する相手がいなくなってせいせいするけどな。
雪柳? あれは卒業の記念樹で貰ったやつ適当に飢えたら大きくなったんだ。
この4年間、本当に大変だったよ、婿修行は。
いいか衣都、こん1年間で、賢く生きるためには、どないしたらええんかよお考えろ。
それだけは、答えられないんだ。ごめん、衣都―――…
彼がついた嘘が、私をずっと守ってくれていた。
私はそれに気づくのに、なんでこんなに時間がかかっちゃったかな。
どうしてかな。志貴はいつだって、私に手を差し伸べてくれていたのに。
どうして私は、志貴から離れられると思ったのかな。
志貴の優しさを踏み躙った私に、もう一度志貴に想いを伝える資格はあるのかな。
……ないだろうな。だってあんなに、傷つけた。
“衣都は、信じてくれないんだな……俺が、嘘をつきすぎたからか…”。
彼の、弱弱しい声が今もはっきりと思い出せる。
私は今更、何をどう伝えればいいのだろう。彼は、私の話を聞いてくれるだろうか。
ノートを持つ、手が震えた。表紙はすでに、涙の跡でいっぱいだった。