呉服屋の若旦那に恋しました

嘘つきなあなた



「衣都も明日から東京暮らしか。生意気だなー」

「……」

「なんで黙ってんるんや、この間まで1人暮らし喜んでたやろ」


5年前の3月。

衣都は、誕生日に京都を発つことになった。

今でも覚えている。でっかいトランクを持って、不安そうな顔で新幹線が来るのを待っていた衣都。

隆史さんはその日どうしても抜け出せない仕事が入ってしまって、俺が代わりに衣都を見送りに来た。

衣都は、俺と並んで椅子に座って新幹線を待っていた。

不安げな顔で俯いて、俺が買った駅弁なんか椅子に忘れてっちゃうんじゃないかってくらい、ぼうっとしていた。


隆史さんが、4年間会えなくなることをそれとなく伝えてくれたと聞いた。

今まで殆ど毎日会ってきた衣都と、もうしばらく会えなくなる。

だから彼女の笑顔を沢山見たいのに、中々そうもいかないようだった。


「どうして4年も会っちゃいけないの……?」


ずっと黙っていた衣都が、口火を切った。

突然の質問に、俺は表情を固まらせた。

今日、18歳になり、もう少女から女性になった衣都が、切なげな瞳を俺に向けた。

正直言うと、抱きしめてここ(京都)に無理矢理残したかった。東京に行って欲しくなかった。


衣都はこの4年間で、きっと俺を忘れていく。

衣都の中での俺の存在が、どんどん薄くなっていく。


「お店を継ぐために、色々勉強しなきゃいけないことがあって、あちこち回るんだ…すごく忙しいから、暫く会えなくなる」


俺は、最後の嘘を衣都についた。

衣都は、納得のいっていないような顔で、俺を見つめた。

彼女ももうずいぶん俺の嘘に騙されなくなった。小さい頃はありえない嘘も全部信じていたのに。

そう思うと、なんだか少し泣けてくる。

あんなに小さかった衣都が、もう1人で暮らしていこうとしている。


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