呉服屋の若旦那に恋しました
「ご飯ちゃんと食べろよ」
「……志貴のご飯じゃなきゃ嫌」
「………」
なぜ、いま、そんなことを言うんだ、衣都。
油断していたせいで、涙腺が少し緩んでしまった。俺は慌てて電光掲示板を見るふりをして誤魔化した。
すると、ついに衣都が乗る新幹線がまもなく到着するアナウンスが流れた。
衣都は、ゆっくりと立ち上がり、荷物を持ち直した。
俺は、衣都のでっかいトランクを持って、衣都が座る席の入り口の待ち場所まで行った。
ガラガラ。さっきは全く重たく感じなかったのに、とてつもなく重く感じる。
……しばらくして、新幹線が静かに衣都の前に停まった。
でっかいトランクが衣都の手に渡り、衣都が新幹線に乗り込んだ。
「じゃあね、志貴……」
「……ああ」
―――きっと衣都は、この4年で俺の知らない衣都になっていく。大人になっていく。
俺は彼女がいない日々を、どうやって過ごして行ったらいいのだろう。
藍さんは、はやく俺自身の幸せを探してほしいと言った。
けど俺の幸せは、きっとこの先も、変わらないと思うんだ。
「衣都」
「え」
……堪らず彼女を抱きしめた。
そんなことをしたのは、本当に初めてのことだった。
彼女は驚き硬直していた。
衣都は、思ったよりずっとずっと華奢で、抱きしめたら折れてしまいそうだった。
……離したくない。でも離さなければ。離したくない。
衣都、行くな。