呉服屋の若旦那に恋しました
“志貴の私に対する愛情は、自然じゃないよ! そんな風に愛されても、償うために優しくされても、虚しいだけで私はちっとも嬉しくないよ!”
……あの日の衣都の言葉が蘇る。
藍さんも、美鈴さんも、…衣都さえも、俺のこの衣都に対する愛情は自然ではないと言う。
過去が、絡み過ぎていると言う。
……でも、それは違う。最初は、俺が薫さんの分も衣都の成長を目に焼き付けないといけないという気持ちでいっぱいだった。
でも、それはいつの間にか変わって行った。
どんなに辛いことがあった日も、過去を思い出して自分を責めたくなった日も、天真爛漫な彼女がただそばにいるだけで、心が晴れた。
彼女が、俺の名前を呼んで、俺が作った料理を美味しい美味しいと食べて、安心しきったように、俺の隣で眠る。
ただそれだけなのに、そんな平凡な日常の中で、彼女に対する愛しさは、どうしようもなく降り積もって行った。
幸せなのに、幸せすぎて、泣きたくなって、しまうほど。
言葉にするには、あまりに難解だった。
衣都を愛しいと思うのは、あまりにも自然で、あまりにも当然のことだったから。
今更どう言葉にしたらいいのか、分からないほど。
「衣都……」
彼女の名前を声にすると、風がびゅうっと吹き、手のひらにあった雪柳の花弁が玄関の方へ飛んで行った。
長い土間を抜けて、白い花弁が、本物の雪のように舞う。
俺は、その様子を、恍惚として見つめていた。
……見つめていると、庭に入るための木の扉が、ゆっくり開いた。
まるで映画のワンシーンのように、スローモーションでその様子が再生された。
「え……」
入ってきた人物を見て、俺は思わず、呼吸をすることを、忘れた。
藍さんに渡した20冊ほどの日記帳を両手に抱えた、世界一愛しい彼女が……衣都が、そこに立っていた。