呉服屋の若旦那に恋しました
「愛してる、志貴っ……」
―――彼女の、震えた声が鼓膜を揺らして、俺は、あの日のことを思い出していた。
幼い彼女が、今みたいに泣きながら、必死に俺に自分の想いを伝えてくれたあの日を。
『衣都ね、今日の朝、体に何かが入った気がしたの』
『あれはね、きっと桜ちゃんのたましいだったと思うの。だからね、桜ちゃんのたましいは、衣都がちゃんと預かりました』
『だからね、桜ちゃんに会いたくなったら、衣都に会いに来て? 志貴兄ちゃんは、言ったよね? 桜ちゃんが生まれたら、一緒に浴衣を着て、手を繋いでお散歩するんだって』
『衣都は、桜ちゃんと一緒に、成長していくから、だから、志貴兄ちゃんはちゃんとそれを見届けなきゃ駄目だよっ……』
―――俺は、あの言葉があったから、生きてこれたんだよ、衣都。
なあ、衣都、お前はまだやっぱり全然分かっていないよ。
俺がどれだけ衣都に救われたかを。
俺がどれだけ衣都を愛しているかを。
まだ全然、分かっていないよ。
「俺の愛の深さが、どんなに深いか、分かるか……? 衣都……」
俺はそう言って、泣いている衣都の濡れた頬に触れた。
衣都は、目を真っ赤にして、俺を上目遣いで見つめた。
一片の雪柳の花弁が、衣都の唇の上に落ちた。
俺は、それをゆっくりと指でどけて、口づけをした。
衣都と会えなかった3か月前から止まっていた時間が、やっと動きだしたような気がした。
世界が鮮やかに映って、もう衣都がそばにいればどうなってもいいと、本気でそう思った。