呉服屋の若旦那に恋しました
「そんなわけで衣都ちゃん、君のことは大好きだったけどー…」
「そうですね、どうぞお母様にもよろしくお伝えしといてください」
「え」
「24にもなった良い男が自分の母親をママって呼ぶなんて、素晴らしい教育ですねって」
私はそれだけ言って席を立ち、にっこり笑ってからその場を去った。
自分のことだけならまだしも、男も見誤っていたなんて……。
私はとことん自分の不甲斐無さに落胆していた。
ノースリーブのミントグリーン色のワンピースに、パールのネックレス、シャネルの香水。
なんだか身に着けているものすべてが身の丈に合っていない気がして、むしゃくしゃした。
バカらしい。
私は、パールのネックレスを引きちぎろうとしたが、そこそこ高かったことを思い出し、やめた。
“衣都ちゃんはかわいいけど、確かにちょっとひねくれてる所があったよねー…”
「あのマザコン野郎!!」
元彼の言葉を思い出して、私は新宿駅のホームで叫んだ。
周囲の人が私を振り返った。私はたぶん、般若のような顔をしていたと思う。
ひねくれてる!? そうですかそうですか! どうせ私はひねくれてるからどの会社にも採用されなかったんですよ!
「うううう……」
私は、今、空っぽだ。
空っぽな私には、誰も近寄ってくれない。
誰も気にかけてくれない。
―――お願い、誰か私を導いて。
見えないの、何も。何も見えないんだよ。
根こそぎぽっきりプライドをへし折られた今の私には、どんな明るい歌も皮肉に聞こえる。