呉服屋の若旦那に恋しました
「おい、衣都」
ぺちぺちと頬を叩くが、衣都は起きない。
つい一昨日までベッドじゃないと寝れないだの、犬がいたことなんて聞いてないだの、着物は疲れるだの、文句ばっかだった。
こんなに気持ちよさそうに寝てるくせに、よくストレスがどうの言えたもんだ。
まだあどけない寝顔の衣都の頬を、何度もたたいたが、衣都は一向に起きる様子が無い。
和服に慣れさせるために衣都の寝巻を浴衣にしたけれど、着方が悪いのか、それとも彼女の寝相が悪いのか……。
帯は緩みきり、白い肌が見えていた。
「衣都、肌けてんぞ」
「んーん」
「………」
「1限代返しといてえ~」
「ああクソ耐えられん起きろ衣都! 浴衣をそんな風に着るなはしたない!」
「あーもー何朝からうるさい!」
「立ちなさい、俺が着付け直す!」
「い~よもうどうせ着替えるし脱ぐんだから~」
「女性がそんなだらしないこと言うんじゃありませんっ」
「もう志貴姑みたいウザい」
「しゅ、姑……!?」
衣都の言葉にショックを受けていると、携帯のアラームが鳴った。
やばい。朝食に焼いた鯵が焼ける時間だ。衣都を起こすのに手こずる時間の見積もりを誤ってしまった。
俺は、慣れた手つきで無理矢理衣都の浴衣を着付け直し、まだぼうっとしている衣都の腕を無理矢理引っ張って部屋を出た。
長い廊下からは庭が一望できる。さっき散歩に連れて行ったばかりの犬――五郎が縁側のすぐ下にちょこんとお座りしていた。
衣都は最初柴犬の五郎を少し怖がっていたけど、五郎の大人しさと人懐っこさに今はメロメロだ。
寝ぼけ眼のまま、衣都はふらーっと五郎の元へ向かった。
「五郎おはようううう、んーもふもふもふ」
「こら衣都っ、浴衣で平らな場所に座る時は片足を半歩後ろに引いてから上半身はのばしたまま、前のすそを押さえながら」
「五郎生八つ橋食べる?」
「やめなさいていうかどっから出したその生八つ橋!?」