呉服屋の若旦那に恋しました
創業100周年を超える伝統的なこの呉服屋は、幅広い年代の人に愛されている。
とても高価な着物から比較的リーズナブルな浴衣まで沢山取り揃えているので、年齢層が広いのだ。
店内は全て畳で、お客様にも靴を脱いであがってもらう。
衣桁にかけられた立派な着物が奥に3枚、浴衣も棚の中に沢山入っていて、和装小物も30点以上棚の上に飾られている。
粋で品質が良いものしか置かないことが、この店のポリシー。
お客様ひとりひとりの好みや要望を汲み取って、どんなものが欲しいのかを瞬時に悟れる。
そんな風になれるまで、俺もずいぶんと時間がかかった。
今日は衣都と従業員の中本さんと店番なので、親父と母親は来ていない。
衣都は未だに着物姿に慣れないらしく、ぎこちなく接客をしていた。
「衣都さん、髪飾りがずれてますよ」
「えっ」
俺が毎朝選んでる髪飾りすら、ちゃんとつけることができていない。
店内ではお互いをさんづけで呼び合うことにしているが、衣都はたまにぼろを出しそうになるのでいつも冷や冷やしている。
(因みにまだ表向きには衣都のことはただのバイトだということにしている)。
はやく仕事に慣れて欲しいものだと思いながら、俺は使っていない衣桁を片付けた。
と、その時、聞きなれた声が俺を呼んだ。
「志貴さん」
「あっ、巣鴨さん! おこしやす」
「どうも」
巣鴨さんとは、50代後半の上品なお得意様だ。
東京からこっちに来たばかりらしいが、普段着が元々着物だったらしく、このお店によく来てくれる。
今日も上品なお色の着物を、凛と着こなしている巣鴨さんは、にこやかに笑った。
「今日は何を見ていきます?」
「ごめんなさいね、今日は違う用で来たのよ」
「え、違う用とは……?」
「これ、私の娘なんだけど、どうしてもあなたに合わせてくて……」
「え……」
え、まさかこの厚み……この雰囲気……。
俺は渡されたワインレッド色の二つ折りの写真台紙を開いた。
そこには、本当に育ちの良さが溢れている御嬢さんが映っていた。