呉服屋の若旦那に恋しました



「うー、酔った……」


余計なことを考えすぎないように、普段飲まない焼酎をがばがば飲んでしまったせいで、頭が痛い。

なんとかバスに乗って志貴の家の近くまでは来たものの、あと5分と言う所で気持ち悪くなってしまった。

私は、近くの神社に入って、石段に座った。

お稲荷様の像の近くにある1つの街灯だけがあたりを照らしてくれている。

私は、頭を抱えて何度も深呼吸をして、吐きたい気持ちを抑えた。


あと少しで家なのに、どうして……。


「うー、最悪、明日仕事なのに……」


景色がぐらぐらと揺れている。胃の中が熱い。お水が飲みたい。

夜の神社って、何だか少し不気味だ。

古びた賽銭箱と、錆びついた鈴、鈴の真上に吊るしてある、赤と白の太い縄でできた鈴緒。

こんな神社、昔からあったっけ……。あったような無かったような……。

駄目だ、思考回路が上手く回らない。


『東京の方が刺激あるよ』


「……」

酔っていたはずなのに、ふと結城君の言葉がよみがえった。

……私は、多分あの時、決定的な距離を感じたんだろう。

中本さんのことがどうとか、それよりも前に、東京の皆との距離を感じたんだ。

無事に内定を取って、エリートコースを歩んで、自分に自信が満ち溢れている、キラキラした皆に、圧倒されてしまったんだ。

僻みとか妬みとか、そういうんじゃなくて、寂しい気持ちになった。


ああ、本当にもう東京には、私の居場所はないんだって、思った。


思ってしまった。

話を聞くことしかできなかった。



――――努力が形になったあなたたちが死ぬほど羨ましい。

会社や上司への愚痴を言ってみたいとさえ思うよ。それすら羨ましいよ。

接待が疲れるとか、同期との飲み会がどうとか、部署の配属先がどうとか。

私だって、今頃そうやって新生活に苦闘している予定だった。


私の学歴は一体どこへ行ってしまったの?

背中に大学の名前書いて歩けばいい?

どうして努力は報われないの?

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