呉服屋の若旦那に恋しました
――――8年前、はじめて夜に家を抜け出したあの日。
本当は私、怖かったの。
本当は私、志貴に迎えに来てほしかったの。
志貴が車で探しに来てくれた時、心のどこかで安心してたの。
『なに、なんでいんの?』
『いいから帰るぞ、話はあとで聞くから』
『やだ、離して! うざい!』
『じゃあ今ここで納得できる理由を話しなさい』
『彼氏に会うの! それの何が悪いの?』
『悪いことやなんて俺は一言も言うてへん。悪いことかて分かってるから、内緒で抜け出したんやろう?』
『志貴には関係ないじゃん!!』
志貴はきっと、分かってたんだよね。
私はプライドが高いから、反射的にあんなことを言っちゃったんだってこと。
はやく彼氏がほしいっていう理由だけで好きでもないくせに付き合って、見栄っ張りも大概にしなさいって、怒ってやりたいよ、あの時の私に。
私何も、成長してない。
自分の能力以上のことをしようとして、失敗して、失敗したことが恥ずかしくて、見栄に見栄を重ねて。
「何してんだろ……」
「本当に何してるんや」
「わっ、びっくりしたっ」
独り言に返事がきたことに驚いて、つい大声を上げてしまった。
ぱっと顔を上げると、そこには少し息を切らした志貴がいた。