呉服屋の若旦那に恋しました


むかついたので志貴の横っ腹を指で突っついた。志貴が横っ腹が弱いことはとっくに知っている。

志貴はなんだか仕事を終えてから機嫌が悪い。

濡れた髪をバスタオルで乾かしながら、一度も私を見てくれない。

その原因は、私も機嫌が悪いから、らしいのだけど、私は機嫌を悪くしたつもりはない。


ただ、何かが引っかかってモヤモヤしてるだけだ。


「あ、雨」


志貴が言った通り、雨が突然降りだした。

そういえば梅雨入りしたと、今朝天気予報で言ってたっけ。

ザーザーと冷たい音が障子の向こうから聞こえてくる。

なんだか雨が降ると、家の中が静かに感じるのはなぜだろう。


「……雨、好きじゃないな」


私がぽつりと呟いても、志貴は何も返してくれなかった。

私は、テーブルに突っ伏して、興味の無い政治のニュースをなんとなく観ていた。

そう言えば志貴は、機嫌が悪いと何も話さなくなる性質の悪いタイプだった。

部屋から出ていった方が良いんだろうけど、なんだか逃げたみたいになるのが嫌で、私はそのまま居座った。


「志貴、マダムにモテモテだね」

「美鈴さん綺麗な人だったね」

「元モデルって凄いね」


私はただひたすら独り言をつぶやいた。

志貴はバスタオルで髪を拭いていて、何も返してくれない。

じんべえ姿の志貴の背中が、こっちを向いているだけ。

なんだか段々こっちもムカムカしてきて、ねぇ、と大きな声で呼びかけた。

志貴はひたすら髪をバスタオルで拭っている。


「もういい加減返事してよ。なに怒って……」

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