呉服屋の若旦那に恋しました
私は、そっと瞼を開けた。
鮮やかな緑と、華やかなユキヤナギが、一気に視界に入りこんで、くらっとした。
ユキヤナギ……とても綺麗な花だ。枝は弓状に緩やかに湾曲して、長くしなやかに垂れている。株から枝の先まで咲きほこった白い花が、なんとも優美だ。
風が吹くたびに、そのしなやかな枝は揺れた。
「綺麗……」
志貴は今、何をしているのだろう。
父からはお店を継ぐためにあちこち回って勉強していると聞いたけど、今ここにはいないのかな。
もしかしたらもう会えないのかもしれない。
志貴と会ってはならない事情を沢山考えてみたけど、大きな病気になって闘病生活とか、そういった考えしか思い浮かばなかった。
もし、本当にそうだったらどうしよう。
そんなの嫌だ。嫌だよ、志貴。
―――その時、ぶわっと風が吹いて、ユキヤナギのカーテンを派手に捲った。
それはとても大きな一吹きで、風がおさまると、白く小さなお花が、ゆらゆらと揺れていた。
ユキヤナギが揺れる陰に、人の影が重なった。
ふ、とその陰の主を見上げた。
「衣都、久しぶり」
……池に浮かぶ蓮より、岩に蔓延る檜の葉より、しなやかに華やかに揺れるユキヤナギより、どんな景色より、鮮やかに優美に映った。
無地の紺色の着物を、寸分の狂いもなく自分の体に合わせて着こなしている男性が、そこにいた。
「え……」
「何ぽかんとしてんだよ」
「し、志貴……?」
縁側に座ったまま、ぽかんとした表情で彼の名を呼ぶと、彼は静かに目を細めた。
志貴は、ゆっくり私に近づいて、私の足元ですっと屈んだ。
切れ長の瞳や、すっと通った鼻筋や、左耳だけにかけた黒髪や、口元にあるほくろが、なんとも言えない色気を醸し出してる。
そうだった。この男は、そういう危険な男だった。
志貴は私を見上げて、私の手に手を重ねた。