呉服屋の若旦那に恋しました
衣都がついた嘘
そう言えばあの日も、梅雨が去り切っていないような、少しじめっとした初夏だった。
でも、志貴が、今にも壊れそうな顔をしていたから。
だから、彼を守るために嘘をついてしまった。
だって、あの時嘘以外に彼を守る方法が、見つからなかったんだよ。
どうしても、見つからなかったんだよ。
「……梅雨開けたんじゃなかったの……」
「寝癖直してこいよ衣都」
「寝癖じゃないよ! うねってるの! 湿気で! コテで伸ばしても意味ないの!」
「天パのやつってどうしてうねりを指摘すると過剰に怒るのか俺は理解できない」
「直毛は黙ってて」
7月上旬朝の9時のこと。
いつも通り志貴の完璧な朝食を食べ終えて、五郎に餌をやって、着物を着終わった頃。
どうしても髪型だけが上手くまとまらなかった。
御団子にしても髪がごわごわしていて綺麗にまとまらないし、おろしても広がってしまう。
どうしていいか分からず苛立っていると、志貴が化粧台に座っている私の手からくしを奪い取った。
「貸しなさい」
「え」
「前見て、少しあご引いて」
くいっと頭を動かされた。
志貴は、私が中途半端にまとめていた髪を一瞬で解いて、ゆっくりとくしで梳かした。
鏡には、真剣な表情で私の髪を触っている志貴がうつっている。
……キスをされた日から約1カ月が過ぎた。
キスをしてきた次の日、志貴は何事もなかったかのように朝食を準備していた。
正直私は志貴のことを意識してしまって、ろくに仕事もできないような状態だった。