呉服屋の若旦那に恋しました
大雨が降ったあと、9歳だった私は志貴と買い物に行っていた。
正確には私が勝手についていっただけだけど。
志貴は確か高校のYシャツ姿で、私と手をつないで商店街を歩いていた。
今思うと、思春期まっただ中なのに、よく恥ずかしげもなく私と手をつないでくれたなと思う。
きっと妹だとしても手をつないでるところを誰かに見らえたら恥ずかしい年ごろだろうに。
「衣都ー、志貴兄ちゃんはガリガリ君が良いと思うぞ」
「やだ衣都ガリガリ顎疲れる」
「わがまま言わない」
「やー、コロコロがいい!」
「コロコロここじゃ売ってないから無理、諦めなさい」
「やー顎疲れる」
「すぐ疲れるっていう女子はモテないぞ衣都、ディズニー行ってすぐ足痛い疲れた休みたいって言う女子になってもいいのか! 誘ったのお前だろってなって喧嘩勃発だぞ!」
「志貴兄ちゃんなにいってるのか全然分かんない」
そんな風に、いつも通り騒いでいる時だった。
志貴のことを、誰かが遠くで呼んだんだ。
「あれ、志貴先輩やない?」
「キャー、ほんまや、志貴先輩や!」
呼んだというより、噂をしている、という感じだった。
志貴といると、そんなのはもう慣れっこだったから、私は特に何も思わなかったけど、いつも志貴の顔色をうかがってしまった。
子どもは意外と人の感情に敏感で、大人が思う以上に色んなことを理解してる。
私が心配そうに志貴の顔を見つめていると、志貴は「ん? どうした?」と言って、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「やっぱいとガリガリでいいよ……」
「語弊あるから君つけなさい」
「くん」
「いいよ衣都、コンビニまで行こう。アイスの実買ってあげるから」
「え」
「行くよ」