呉服屋の若旦那に恋しました


そう言って、志貴が私の手を引っ張った。

けれど、遠くにいた志貴のファンの女の子たちが、こっちに駆け寄ってきた。


「あの、志貴先輩ですよね? 御堂学園の……」

「……そうだけど」

「うちら南校の保育科の1年生なんですけどー。一応志貴先輩と同中でー」

「あー、総合高校の」

「そうです! この間うち小学校のボランティアに参加して、妹ちゃんと一緒に遊んだんですよー。今妹ちゃん見つけて声掛けに行こうとしたらまさかの志貴先輩でー」


ね? と言って、その女の子が私に笑顔を向けてきた。

私はもちろん初対面だったし、ボランティアで高校生のお姉ちゃんと遊んだ記憶もない。

でも、なんだか子供なりに否定しちゃいけないようなそんな空気を感じて、私は怖くて志貴の腰にぎゅっとしがみついた。

その時はどうしてそんな嘘をつかれたのか分からなかったけど、多分妹の私と仲がいいアピールをすれば志貴と近づけるかも…という考えだったのかもしれない。



「まさか志貴先輩がお兄ちゃんやったなんて思いませんでした」

「溺愛してる妹がいるって噂本当やったんですねー、志貴先輩可愛いー」

「妹ちゃんもそういえばお兄ちゃん大好きって言うてたんですよー。それって志貴先輩のことやったんですねー」


志貴の表情が、笑っているのに凍っていくのを感じ取った。

私は怖くなって、志貴に帰ろうと言おうとした。

でも、遅かった。

いつもよりずっと低い声が、聞こえた。


「この子が大好きなのは俺じゃなくてクラスメイトの井戸君やし、そもそもこの子は妹やない」

「え」

「妹がもし生きとったら聞いてみたかったよ。大好きやって、言うて欲しかったわ」

「……志貴先輩……?」

「ていうか、衣都が脅えてるから今すぐ消えてくれへん?」

「え」

「あと、俺、そういう人傷つける嘘つくやつ、大っ嫌い」

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