呉服屋の若旦那に恋しました
雨の中、赤い傘が少し見えたと思ったら、ひょこっと静枝さんが顔を出した。
静枝さんは、今日もぴしっと着物を着こなして現れた。
手土産の御団子を受け取り、私はすぐにお茶を淹れた。
「ありがとう衣都ちゃん」
「雨凄いですね……濡れませんでしたか?」
「ほんまやなあ、少し外に出ただけやのに足袋がびしょ濡れやわ」
静枝さんはそう笑って、お茶をすすった。
静枝さんが来たというのに、志貴は会計の処理をしているのか、ちらっとこっちを見て頭を下げただけだった。
「志貴、それが終わったら今日は店を閉めてお花を買いに行きましょう」
「……え、うわっ、びっくりしたいつの間に来はったん!?」
「あんたうちにさっき会釈した時なんやとおもてたん」
「いや、会釈した記憶もない……」
「あんた私がお客様だったらどないしてたん」
「いや、金の匂いがしたらどんなに呆けてても分かる」
「とんだ商人やな」
静枝さんはそう笑って、お店ののれんを取った。
え、本当に今日はもう閉めてしまうのだろうか……。
私がおろおろとしていると、静枝さんが手伝って、と手招きした。
志貴はやっと正気に戻ったのか、会計の仕事を終わらせて閉めの作業を開始した。
「志貴、そういや中本さん明日少しだけ遅れるかもしれないって」
「ああ、了解」
さっきは志貴に届かなかった言葉を、もう一度伝えた。
今度はちゃんと志貴の胸に届いたらしく、私はとりあえずほっとした。